第50話 みのないはなし


そろそろ、季節なんです。

何のことかって、【深夜鈍行】のネタの大元になった、柿、の話です。

先にお断りしておきますけれど、私が柿を好きなのであって、ケモノやトリはあくまでも私のおこぼれに与る身なのです。

堂々とかっぱらっていくのはそもそも間違ってるのです。


それでも去年みたいにとんでもなく豊作だったら、それなりに勝手におこぼれができちゃうんでしょう。

去年はね、そりゃあもう、いっぱいもいっぱい、めいっぱい取れたんです。配っても配っても食べても食べてもまだまだある。取っても尽きぬ異世界の魔法の柿、そんな感じだったので、ケモノもちゃっかりバイキング状態だったんじゃないかと思います。

そんなにたくさんなってたんで、去年は朝からすっごく賑やかでした。柿だけじゃなくてトリもなってるんじゃないかと思うくらい、柿の木に始終たくさん止まってました。


ところが今年の柿は、からっきしです。

柿ってやつはどうも木として信用できないやつらしく、裏表があるんです。取れる年と取れない年が交互にやってくるんですよ。取れる年が表、取れない年が裏です。

それで言うと、今年は裏も裏。裏街道まっしぐら。全然なっちゃいない。今や絶滅危惧種とも言えるリーゼントのオニイサン並みです。

それなのに、去年と比べたらないも同然の超不作なのに、今年もちゃんとやってくるんです。トリが。

朝からぎゃーぎゃーうるさいんで覗いてみたら、ぽつぽつ赤くなりかけている柿がいくつか見えました。それ目当てで早速ご出勤されている様子。


木の場所やなる時期を覚えているのか、定期巡回して確認しているのか、はたまた気の利いた鳥用アラームでもあるのか。そこら辺のトリ情報網のことは知りませんが、とにかく律儀に食べに来るトリたち。小さいのから大きいのまで、皆さん揃ってご出勤。

もちろんカラスが来ている時は小さいトリたちは寄り付きません。カラスが引き揚げたのを見計らって、三々五々やってきます。小さいトリたちは種類を問わず皆でわちゃわちゃとやってきては、木の中を落ち着きなく動き回りあちこちつついて食べている様子です。

まあね、緊急事態宣言も解除されましたからね、トリも密にならない程度の会食だったら許される、ってことなんでしょうかね。だったらうっかりこちらが食いっぱぐれないうちにと、とっととトリきってもらうことにしました。この前の週末のことです。


トリ終わったカゴを見てみると。

冗談かと思うほど、ない。柿が全然入ってないんです。

え? まだトリかけ? と思って木を見てみたら、うっすらオレンジ色になってるのが3個くらいはありました。多分トリ忘れでしょう。こんなに少ししかないのに見逃さないでよ、って思いましたが言いません。うっかりは、ままあります。

人間だもの(by 満つを)。


それにしても。

あまりの少なさ、とてもじゃないですが今年はご近所にも配れません。いわんや友だちをや。ママ友とは子供たちが育っちゃうとろくに顔を合わせる機会もありません。なので柿配るのっていい口実になるんです。顔、見て立ち話する。あーでもないこーでもないってひとしきりくっちゃべって、で、またお互い頑張ろうね、ってエールを交わす。

たかが年に一度のことですけど、それがなかったら本当に顔なんて見ないまま一年が過ぎちゃう。この間、飲み会だって開けなかったから、なおさらです。仲がいいグループのいくつかで年一程度の飲み会をずっと続けてきてたんですけど、それもコロナのせいでピタッと止まったままです。人数が多い飲み会はまだダメのようですし、飲める年齢にまで育った子供たちの前でいきなりオトナが飲み会ばかり開くのもどうよ、ってことで、おおっぴらに声をかけにくい状況はあまり変わりません。

でもね、柿を配れないならせめて飲み会くらいはしておかないと、顔も見ないまま年ばかり取ってっちゃう。気が付いたら……、なんてホラーな展開は避けたいものです。忘年会シーズンはともかく、11月あたり少しは皆で顔を合わせる機会が作れればなあ、なんて取れない柿の木を前にぼうっと考えるのでした。


ところで。柿の美味しい食べ方をおひとつ。

食べきれずに置いておくうち、完熟のとろとろ柿に転生していることがあります。私と実家の母はこれが大好きです。お行儀悪いのですが、皮を手でつるつるっと剥いてからそのままばくっと食べると、これがもう甘くって甘露、ほっぺたが落ちそうなほどです。

で、これだけでも十分、美味しいのですが。

去年のようにあまりにもたくさん取れてしまって食べるのが追いつかない、結果、甘露柿もたくさん、なんて嬉しい悲鳴を上げてしまう時。そんな時は、迷わず冷凍庫へ。シャーベット状になったこのとろとろ柿、これをスプーンでざくざくと食べる。生クリームとかコンデンスミルクなんてあった日にはもう顔までとろとろになります。できれば暖かい部屋で、凍った甘い柿をさらに甘くして食べる、コレがおすすめです。この食べ方は、とろとろと柔らかい食感が苦手な方にもいいかと思います。

ただし。

柿、意外にカロリーが高いらしいです。ビタミン豊富なのは嬉しいのですが、食べすぎにはやはり注意が必要です。甘いのをトッピングするならなおさら。もしかして去年、太ったのは柿を食べ過ぎたのもあるかも、なんて今更思ったところでもう遅い。

今年はそんな心配も要らないからラッキー、と思うべきかどうか。


という訳で。

今年の柿の木は、が(なら)ない。

おかげで私の、に(もなら)ない、はず。

ただし、一度、に(なったものは、そう簡単には戻ら)ない。

全くもって、のない、そんな話、でした。



※カクヨムを始めてしばらくして、『糖度高め』『砂糖多め』などといった言葉が、恋愛物のお話の甘さを表すことを初めて知りました。『糖度』『砂糖』と聞いて、「昔のグレープフルーツはそりゃ酸っぱくってね、そのままじゃ食べられないって砂糖とか蜂蜜かけて食べたものよ」なんて遠い目をする私は、およそ恋愛物とは縁がない生活を送っています。もちろん今でも、です。





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