第28話 しれっと、ね?
少し前、血で血を洗う抗争を物ともしない次男がさり気なく近寄ってきて、「ごめん」と謝ってきた。
これはヤバい。即座に緊急警報が心中で鳴り響く。
が、しかし。その気配をヤツに感じさせないよう何食わぬ顔をして事の次第を問うたところ、ヤツのポカによって結構な額が捨て金と化した、そういう顛末を聞かされた。ちょいとばかり申し訳無さそうな顔をして、でも、割とひどいポカをさらりと軽く言ってのける。
呆れて怒る気にもなれなかった。
「ごめん。ホントごめん」
ふだんは武闘派のくせに、こういう時だけしおらしくするっとひとの懐に入り込んでくる次男。
これだから次男ってヤツは。
心の中で私はため息をつく。
勝手な思い込みかもしれないが、長子と比べると二番目以降に生まれたひとは、甘え上手な気がする。
例えば我が家の次男は、どれだけケンカをしていようが口をきいていなかろうが、自分が困った時ややらかし案件を起こして謝らざるを得なくなった時など、それは見事なほどしれっと、いけしゃあしゃあと、甘え言葉や謝罪言葉を口にできるのだ。
これが長男だと、同じ謝るでもこんな態度ではなく、もっと真剣というか思いつめた感じになる。まあ、そもそも、次男と違ってそこまでのことをあまりやらかさないというのもあるのだが。(次男はそりゃあ、もう……いや、やめておこうグチになる。)
ついでに言えば長男は甘えるのも下手だ。何かねだったり頼む時、やけにまどろっこしい話し方になる。あまりに回りくどく話すものだから、イライラしてきてしまうこともあるほどだ。もちろんふだんはそんな話し方はしない。切れ味鋭く辛辣なまでに話をぶった斬っていくタイプである。
それに対して、次男はちゃっかりと甘える。実家の母は次男がいつ来てもいいようにアイスの買い置きを欠かさないし、オットもすぐに次男に甘いモノを買い与える。いつもならケンカを売ってばかりの長男にも昨夜は珍しく甘えて頼っていて、頼られた長男は今日、次男が出かけてから「あいつあんなんで大丈夫なのかなあ」なんて心配していた。
子供たちもそうだが、実家の家族親戚も、友人知人でも、長子とそうでないひととの差を感じることが多い。
長子が不器用だとすると、非長子は世渡り上手。そういう印象だ。
まあ、そんなものかな、と息子たちを見ていて思う。
一人目は、ひとりでいる間は、”家庭”という世界の全てが自分を中心に回っているので自己主張の必要がない。ところがある日突然、世界が半分以下の所有しか認められなくなるのだ。自己主張と世界の共有の技術を急いで身に着けていかねばならないのだが、これがなかなかどうして難しい。
対して二人目以降は、そもそも生まれた瞬間から家庭内世界は誰かと共有しているものであって、共有しているところからどれだけ自分が欲しい物をぶん取ってこられるか、それは自己の才覚による所、大なのである。
のうのうと暮らしていてある日、突然ライバルが出現し、おたおたしながらライバルと折り合うなり戦うなりしなければならなくなる長子と、生まれた時からライバルがいる非長子と。
それは心構えが違って当然だろう、と思わされる。
なんでこんなもったいぶった話をしているかと言うと。
大事なカクヨム友人から、カクヨムを離れるとのお知らせを受け取ったからだ。
たかだか9ヶ月そこそこの私のカクヨム生活だけれど、それでもいくつかの別れがあった。別れの形は人それぞれで、どれが正解というものでもないだろう。
けれども、そのひとの別れの言葉と、そこでの他の方とのコメントのやり取りを読んで、もしかしたらこのひとは長子なのかな、と思ったのだ。
だって、あまりに律儀なのだもの。
ハズレてたらごめんなさい、笑ってね?
でも、いつも飄々としているのに、どこか真面目。とぼけているのに、不思議と優しくてしっかりしている。そんなところがお兄さんっぽいな、と思っていたのですが違いますか?
甘えられるのも甘えるのも大好きな私だけれど、お別れは苦手でたまらない。どれだけ繰り返しても、慣れることはできない。涙が出てくる。変な話、飲み会に行ったりするとてきめん。行く前は面倒くさいな、と思いながら行くのだけれど、一度友人たちの顔を見るとサヨナラが言えなくてついずるずると長居してしまって、最後には半べそかく羽目になることも多い。かっこ悪いことこの上ない。
だからね、こっそり言っておくけれど。
やめるの、やめない?
いいのいいの、撤回したって。
アカウントだけ残しておけば? って言ったでしょう?
そんな感じで、ずーっと来なくっても、気が向いた時だけちらっと覗きにくればいいと思うんだ。
そこはね、だから次男みたいに、しれっと。ね?
そんなこと言ったかな? って顔して、その回、とっととしまって、新しいあいさつなんて書いちゃったりして、続ければいいと思うんだけどな。
しれっと。
今日、私もしれっと次男のおにぎり弁当に手紙を書いて忍ばせたんだ。
が、入れるところを目ざとく見つけた次男が「それ、何?」と聞くので、しれっと「んん、何だろうね?」と笑ってごまかして送り出したんだけれど。
帰ってきた次男が、「あれ、ちょっと元気出たよ」と笑って教えてくれたので、「え? ちょっとだけ?」とこちらも笑って答えたのだけれど。
しれっと。
次男は「アイツばっかり可愛がってるくせに」って事あるごとに私に言うけれど、
長男の時には一度も書けなかった応援歌&ラブレター、だったんだけどな。
ここだけの話だけれども。
しれっと、ね。
さよならなんていいたくないから。
しれっと、何もなかった顔してまた会おうよ。
次はあなたが色々と教えてくれたケモノ話、「深夜鈍行」の臨時便書くから、ね?
しれっと。
本当に行っちゃうなら、
あ、やっぱ無理だ。
ごめん。
だから苦手だって言ってるんだけどな。
だから、しれっと書いてみたんだ。
で、しれっと言っておくから。
またね?
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