第10話 遊園地の思い出


遊園地やテーマパークの類にはとんと縁がない。

というよりは、自ら進んで足を運んだりはしない。

よっぽど人様に強く誘われたりそれなりの理由でもない限り、行かない。

そんな私が初めて個人的に遊園地に行ったのは、大学一年の時。

チケットをもらったからと男友達に誘われたので、タダならいいかと出かけた。

もちろん2人で、である。


初めて来たその遊園地は、ほどほどの人出だった。

1日かけて遊ぶにはちょうどいい季節で、天気も良かった。

なにせ初めての遊園地、何を見ても物珍しく、何に乗ってもびっくりする。

ただ、絶叫系はNGなので、それだけははっきり伝えてあった。

男友達は何でも乗れる人だったのだが、

こちらが乗れないのでその手のものは全部スルーしてくれていた。

それでも色々な種類の乗り物があるおかげで夕方まで飽きることなく遊んで回った。


夕方、帰るには微妙に早い時間。

手持ちのチケットを全部使い切ってしまった。

「どうする?」と聞かれたのか、「もう少し遊んで行かない?」と誘われたのか、

その辺りは記憶にない。

とにかく、チケットを買い足してもう少しだけ遊んで行こう、ということになった。

男友達が券売場の列に並んでいる間、

私は少し離れた場所でぼうっとひとり、立って待っていた。

なんで一緒に並んでいなかったのかも覚えていないのだが、

疲れていたのか気が緩んだのか、意識がどこか遠くに飛んでいってしまっていた。


と、突然、

「あのぅ……」

可愛い声が近くで聞こえた。

ん?んん?

意識が現世にソッコーで戻ってくる。

見ると、小学生らしき女の子二人連れが並んで私を見上げていた。

そのうちのひとりが、

「あの。私達、もう帰らないといけない時間なんです。それで、チケットがまだ残ってるんで、よかったら使ってください」

そう言って、数枚のチケットを差し出してきた。

ええ?なんで私に?

びっくりして固まってしまったのも束の間、二人してじっと私を見つめているので、慌てて

「いいの?」

やっとの思いでそれだけ言うと

「はい」

にっこりと笑って頷き合う。

うわ。可愛いなあ。

なんだかほんわりした気持ちになって、

「ありがとう」

と言って受け取った。

2人は満足げに顔を見合わせると

「じゃあ」

と言ってぺこりと頭を下げて、そのまま出口の方に楽しそうに歩いて行ってしまった。

あっという間の出来事に呆然としていると、入れ替わるように男友達が戻ってきた。

「どうしたの?」

「いや、それがね……」

説明をしようとして彼女たちを眼で探すも、

一度視線を切った後では人混みの中、もうその背中を見つけることはできなかった。


男友達に説明しながらつらつらと思うに、どう考えてもこちらの方がかっこ悪い。

なんで小学生女子に女子大生がチケットをもらわねばならないのか。

こういう場合、額面より安くてもいいからお金を払うべきだろう。

もらうなら、せめてジュースかアイスくらいおごるべきだろう。

少し考えればそれくらい思いつきそうなものなのに、

頭があさってに行っていた私にはとっさにそこまで考えつかなかったのだ。

ダサい。ダサすぎる。

一瞬凹みそうになったのだが、そこですぐに考え直した。

なんで譲ってくれたのか全く分からないが、

譲ってもらった以上、彼女たちの分まで楽しむのが筋なのではなかろうか、と。

そこで、簡単に説明した後、男友達に宣言したのだった。

「せっかくチケットもらったから、アレにチャレンジする!」


アレ、とは「フライングパイレーツ」。

「フライングパイレーツ」が絶叫系だとは、ふつうは言わないとは思う。

ただ、私にとってはアレでも十分過ぎるくらいに絶叫系なのだ。

「おおっ」

男友達はシンプルに喜んだから、やはり若干、物足りていなかったのだろう。

早速2人で列に並んだ。

並んでいる間中、ドキドキしていた。

本当にアレに乗って大丈夫なのか?

どう考えても怖そうだけど、叫んでもいいのだろうか?

大声で叫んだらバカにされそうだけど……。

悩んでいるその間にも、頭上で振り子のように大きく揺れる「フライングパイレーツ」。

半分、逃げ出したいような気持ちで並んでいる私の横で、嬉しげな男友達。

ドキドキしているうちに、とうとう順番が回ってきてしまった。


初めての私を気遣ってくれた男友達は、

「端だと大きく揺れて怖いだろうから」と、真ん中あたりの席を選んでくれた。

動き始めると、やっぱり怖くて目をつむりそうになる。

でも、たしか、目を開けてしっかり見てる方が怖くないと聞いた覚えがあって、

必死で手すりに掴まりながら目を見開いていると。


揺れる船の舳先に茜色に染まりだした空が見えた。

反対側の座席に座った人たちの笑い顔が見えた。

こちら側に座っている人たちのはしゃぐ背中が見えた。

ちらりと視界に入る男友達も笑顔を浮かべていた。

胃の辺りがひゅうひゅうしてどこかに飛んでいっちゃいそうだけど、

肩に力が入ってガチガチになりそうだけど、

私も含めて皆、みんな、楽しそうだった。


船が止まる頃には、手の感触がなくなっていた。

あまりに強く手すりを握りすぎていたから。

アゴの辺りも強張っていた。

多分、歯を食いしばっていたのだろう。

それでも、船を下りてすぐ、私は男友達に言ったのだった。

「もう一度、乗ろう!」と。


2回目は、端の方の席にしてもらった。

今度こそ本当に大声で「キャ~ッ!」と叫んだ。何度も、何度も。

叫びながら笑った。

横に座る男友達の顔を見ながら笑った。

笑ってるつもりで顔がひきつっていたかもしれない。

それでも目を合わせて笑った。

乗っている間中、ずーっと叫んでずーっと笑っていた。


降りたあとのことは覚えていない。




それから20年ほどして、男友達にその時の話をしたことがある。

あの時のこと、忘れられない思い出なんだ、と。

男友達はいつものように照れたような困ったような笑い顔をして言った。

「ごめん、オレ、覚えてないんだよな」

最近はLINEやメールでの連絡だけで、もう4、5年は会っていないけれど、

彼は私にとって数少ない親友のひとりだ。

だからその手の記憶はとっとと手放すひとだということは知っている。

それで寂しいとも悔しいとも思わない。

他にも一緒に重ねた記憶はたくさん持っているから。

でも、今回だけは、残念だねえ、と言ってやりたい気もする。



今日、あの遊園地が閉園するそうだ。

あれから一度も足を運ぶことのなかった、あの遊園地。

今となってはもう一度くらい行っておいてもよかった気がする。

でも、もしもう一度行ったとしても、あの妖精みたいな女の子たちとは二度と出会えないだろうし、夕焼け空に浮かぶ船に乗ったあの浮揚感も味わえなかっただろう。

だから、やっぱり一度でよかったのかな、とも思う。



それにしても、あの女の子たち、本当にしっかりしていたよなあ。

あの子たちの親の年をとうに越してしまった今でも、私はあの女の子たちほどしっかりしていない気がする。

突然私の前に現れて、あっという間に消え去ったあの女の子たち。

彼女たちのおかげで「フライングパイレーツ」に乗れた。

彼女たちのおかげで、あの夕方の遊園地の記憶は、30年以上経った今でもこんなに鮮やかだ。




さよなら、としまえん。









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