第5話 夜に咲く花


昨日、ほぼ1ヶ月ぶりに、ドSセンセイのエアロビクスに参加してきました。


…はっきり言って、倒れるかと思いました(汗)

もちろん、適度に手を抜いて参加してたんですけど、

それでもクラス半ばで一旦リタイアして、外のベンチで横になりました。

落ち着いてから戻ってなんとか終わりだけ体裁を整え、ほうほうの体で帰りました。


言い訳するつもりじゃないんですけど。

制限が緩和された分、通常と同じ人数でできるようになって、

それにもかかわらず空調は緩いわマスク必須だわのサウナじみた室内空間じゃ、

1ヶ月何も運動できなかっただけでなく睡眠負債も抱えまくってる私には、

そりゃあもう、キツ過ぎたのでした。

しかもこんな時に限って、苦手な回転系動作の多いこと、多いこと。

目が回って、ハラホロヒレハレ……。

あの口の悪い女王サマが、珍しく何もいじってこなかったところをみると、

前から見ていて、よっぽど危なっかしかったことと思われます。


そんな決死のレッスンを終えた後、

いつもオシャレで元気色の70代、Jさんが、励ますように教えてくれました。

「今夜、花火が見られるかもよ?」と。

なんでも夜8時、場所は非公開だけれど、全国あちこちで打ち上げるんだとか。

わあ、イイコト聞いた!

心は軽く、足取りはへろへろと、家に帰りました。


実は、我が家から5分も歩かないところにある高台の公園から、

毎年、地元の花火大会が見られるのです。

この辺りでもし花火が上がるとすれば、その公園から見られるに違いない。

そう思って夕食の支度を済ませると、少し早めの10分前に家を出ました。

同じことを考えて来たような人たちが、公園内にちらほら。

なんとなく皆、手持ち無沙汰で8時を待ちます。


……8時になりました。

……何も起きません。

しばらく待ちます。

何も起きません。

あれぇ?ここ、打ち上げ場所から外れてたのかなあ?


残念、残念。

皆、いつもなら花火が上がる方向をちらちらと振り返りつつ、

名残惜しげに三々五々、帰っていきます。

しばらく粘っていた私も、諦めて帰ろうと思ったその時。


思い出しました。

花火のような、小さな花のことを。


朝のレッスン帰り、公園の生け垣に絡みついた蔓をぼうっと眺めながら歩いていて、

途中ではっと気付いたのです。

それがカラスウリだということに。


カラスウリは、秋になると鮮やかなオレンジ色の実がつく蔓性植物ですが、

その花は、夏の夜に咲く一夜花。

子供たちが小さい頃、夏祭りに遊びに出かけた帰り道、

少し遠回りして散歩をしてから帰った時に、運がいいと見かける花でした。


そのカラスウリ、どんな花かといいますと。

白い五弁の星型の花びらから、レースのような、綿菓子のような、

白いふわふわとした糸状のものがまわりに広がって咲く、不思議な花なのです。

夕方から咲き始めて朝になると閉じてしまう小さなその花は、

園芸植物ではないだけに昼は見落としがちで、

夜、出かけていて、咲いている場所に出くわさない限り、

なかなか出会えない花なのです。


家に帰るのと逆方向に少しだけ歩けば、朝、カラスウリを見つけた場所です。

公園を出て、ひとり、そうっと生け垣を覗き込むと……


咲いていました、カラスウリの花。

こんもりした生け垣の上に、白い花がぽつん、ぽつん、と浮き上がって見えます。

遠くに上がった花火のようにふわりと小さく広がって、

夏の仄暗い闇に、花火とは違ってそのまま開いています。

今年初めて見たその花は、いつもながら不思議な浮遊感を感じさせる花でした。


カラスウリが絡んだ生け垣は歩道から少し奥まっていて、

手前は手入れが行き届いていない分、雑草が深々と生い茂り、足を踏み入れづらく。

いくつかぽうっと咲いている花を眺めるだけで帰ろうかと思っていたら、

手の届くところに一輪だけ、白い花が咲いているのを見つけました。


どうしよう。

取ろうか、取るまいか。

取らなければ秋に可愛い実がなるけれど、

その前に業者の手が入って除草されるに違いない。

だったら、一夜花、

取ってもいい、よね。


心の中で言い訳をして、手の中にそうっと隠すようにして、早足で帰ります。

帰るとすぐ、小さな一輪挿しに水を入れ、玄関先に飾ります。

家の中に、小さな夜が咲いたみたいです。

小さな、小さな、自己満足は、

でも、とても可愛い自己満足です。


朝、起きた時にはもう、丸まって閉じてしまって、

小さな太めの指輪、もしくはミニチュアのドーナツみたいになっていました。

あっという間の、一夜花でした。



さて、今夜のことです。

ひとりだけの夕食を終えて、後から家族分の用意をしていると。

遠くで汽笛のような、遠雷のような音が響きました。

慌てて耳をすませながら、時計を見上げます。


8時


あれ?もしかして?


スマホだけを慌ててつかむと、鍵もかけずに家を走り出ました。

いつもの花火なら公園まで行く途中の階段上からでも、

ちらりとなら見ることができるので、一旦、止まって、空を覗きます。

が、音はするのに、見えません。

大急ぎで公園まで走り直します。


昨夜と違って、誰もいない公園の端っこに着くと。

いつもとは逆方向の空に、花火がささやかに打ち上がっているのが見えました。

2発、3発、4発……。

花火の切れっ端を、なんとかつかむことができました。


切れっ端みたいな花火を見てしばらく。

その場でそのまま、何をするでもなく佇んでいました。

湿気で重たい空気が、夜の風に乗って流されていきます。

どんよりとした低い雲も、少しずつ流されていきます。

いろんなものが流れていくように感じられたひと時でした。


今夜は、あの可愛い花は、覗かないで帰りました。

鍵もかけずに走ってきましたから。

覗かなかった分、走らずに、そっと静かに歩いて、心の中の花を持ち帰りました。


今もまだ、ひっそりとですが、咲いています。

少なくとも朝までは、きっと咲いていてくれるでしょう。

夢の中でも、

どうぞ、そのまま咲いていますように。



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