第4話 後悔、とは
先日、二十歳そこそこからの付き合いで、今では親子三世代で通っている美容師さんと話をしていて、
「オレ、今年還暦なんだけどさあ。外面ばっかり老けたけどさあ。この仕事、始めたあの頃から、中身はほとんど変わってないんだよなあ。多分このまま見かけだけジジイになって、クソジジイになって、でも、中身はガキのまんま死んでいくんだろうなあ」
「あ、ソレ、ワタシも同じ、同じ!」
二人でげらげら笑い合いました。
かなりシリアスな話をし終わって、別れる間際のことでした。
文豪風に言うならば、「恥多き人生」を送ってきました。
こんな年になってもいまだに赤面モノの失敗をしでかします。
でも、今回は難しい判断を瞬間的にしなければならない局面続きだったにも関わらず、ほぼ後悔なく、恥を恥とも思わない厚い面の皮でもって、一段落つけることができました。
この1ヶ月、我ながらよくがんばって走り切ったと思います。
それができたのは、
ひとつには、それが自分のことでなかったから。
基本ぐうたら設定な私は、自分のことだとつい、「ま、いいか」と諦めたり投げ出したりします。でも、自分の大切なひとのピンチなら、火事場のクソ力が出るタイプなんです。ふだんは昼行灯ですけどね。
ふたつめには、後悔がいきたから。
大昔、何もできなくて悔しいというよりは絶望しかなかった経験があります。いくつかの似たような思いが積もって、心の中で”後悔”という名の塚を作っています。あんな思いは二度とゴメンだ、と思って動いていたわけではないのですが、今、振り返ってみると、どこかでその気持ちが支えてくれていたようにも思えます。
何が言いたいのかと言いますと。
ひとは歳を重ねてもオトナになんかなれない(多分)。
だけど、経験値を上げて事に対処することはできる。
何かの歌じゃないけれど、いつも失敗ばかりしてきました。
カッコいいつもりはなく、カッコ悪い自覚はあります。
年を取った自覚はさらにあります。
でも、今回、この年でよかったなあ、と強く実感しています。
十年前の私だったら、多分、ここまでのゴリ押しはできなかったと思うのです。
ただ、ただのゴリ押しだったら、皆さん、こんなに親切に手助けしてくれなかったとも思っています。ゴリ押しに協力してもらえたのは、恥も外聞もなく「助けて」と素っ裸の心をさらけ出したからじゃないかなあと思うのです。
とっさにそうできたのは、後がない、という思いからだけ。
この年になるまでの苦い経験が判断の基となり、私の背を押し、直球を投げさせてくれたんだと思っています。
とは言え。
今回、全く後悔がないかと言われれば、そんなはずもなく。
ひとつは、鰻を持っていくね、と言ったのにその約束を果たせなかったこと。
でも、カツサンドを作って持っていって病室で食べて見せ、酸素マスクのすき間からカツサンドを突っ込んで鼻にくっつけて匂いを嗅がせたから、アレで許してもらいたいなあ。
もうひとつは、あんこペーストも持っていってたけど、さすがに舌に乗せてあげる勇気は出なかったこと。代わりに医者の許可を取ってコーラはなめさせてあげられたから、末期の水ならぬ、末期のコーラ、ってことで、あっちで自慢にならないかなあ。
あんこにはコーヒー?って聞いたら「コーラ」と返す、そのユーモアというかおちゃめなセンス、最後までステキで大好きでした。
みっつめ。調べれば調べるほど悲観的になるデータしか出てこなくて、そんなものを読みながら毎晩寝落ちしているくらいだったら、読みたいものをこそとっとと読むべきでした。いくつかの偶然が重なって、美しい愛の掌編を幻のように遠目に眺める幸運に与りましたが、それさえも今は夢のように儚い記憶です。
最後に。無事に帰ってきたら、抱きしめたかった。……でも、やっぱりできなかった。
やるならシラフじゃ無理で、酔っ払わないと無理で、でも、帰ってきたばかりの相手に、また酔っ払うわけにはいかないじゃないですか。一応、退院祝いとして500ml缶ビールを一本、買ってやりましたけれど、一緒には飲まず、家に帰りました。
一昨日、酔っ払ってでもしておくべきだったのかどうかは、今になってもまだ、判断がつきかねています。
少なくとも、相変わらずアイラビューが言えない、表現できない人間なのは、結構な量の”後悔”を積み上げているにも関わらず、変わりがありませんでした。
死ぬまでに、変えられるかなあ。
変えられたら、いいなあ。
言えなかったから、ここでこっそり言っておきます。
おかえりなさい。
帰ってきてくれて、言葉にできないくらいとてもとても嬉しいよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます