王立博物館ガイド1

「ヒロキ、あの辺も見てみたい」


 僕の隣に立つ女の子が、ボードの上のほうに貼られた紙片の群れを指さす。


 女の子の名前はユーリィ。

 褐色の肌に先のとがった長い耳。小学生くらいの小さな背丈。

 つまりちびっこである。ちびっこのダークエルフだ。


 ここは王都ボンボネーラのクラン。


 あの転生の日から数か月。

 僕はお婆さんのおかげですんなりクランハウス『アライ』に入ることができた。


 僕たちはいま、新着の依頼を確認しようとしている。

 依頼はハガキ大の紙に記され、それらはクラン内の巨大なボードに貼りだされる。


 隣に立つちびっこダークエルフのユーリィはクランの先輩。

 ユーリィ先輩はちびっこなので身長的に上部の依頼書の内容を読むことができない。

 だから僕になんとかしろというご命令なわけだ。そして、アライでいちばん下っ端の僕としては、先輩の命令は聞かなければならない。


 手近に誰も座る気配のない椅子があったのでそいつを取ってくる。


「これでどうですかね。届きそうですか、ユーリィ先輩?」


「ふぅむ。とりあえずそこに正座して」


 なぜか正座を命じられた。

 朝一番とはいえ、ほかに依頼をとりにきた他所のクランハウスのみなさんの目があるんだが……。


 とはいえ、先輩命令。

 僕はしぶしぶそこに正座する。木製の床に正座なんて体育の時間に剣道をやって以来だ。


「そうしたら上半身を前に倒して。両手を床につく」


 言われるままに体勢を変化させると……なんだこれ、四つん這いじゃないか。

 とっても視線を感じる。そりゃ当然見る。いきなり四つん這いが始まったのだ。

 ためしに顔を上げて周囲を見る。……なんでもないように顔をそらされた……。


 これは背中に乗っかって依頼書を見ようということだろう。

 踏み台として椅子を用意したつもりなんだが、それを差し置いて僕の背を使うつもりだ。


 しかし、ユーリィ先輩の体は小学校5~6年生サイズ。

 高校生男子の僕なら耐えられない重さじゃない。耐えられないのはどちらかというと視線のほうだ。


「じゃあ、そのままで……よいしょっ」


「ちょっと! それどうする気ですか!」


 ユーリィ先輩はエルフらしく細い腕で、椅子を抱え上げ、あろうことか僕の背に乗っけようとしていた。


「やはりだめか。ダークエルフ108の掟その72『踏み台には踏み台を面白半分で重ねるべし』を実践しようとしたんだけれど」


 まったく悪びれた様子もないユーリィ先輩。

 悪びれるびれないというよりも表情が変化しない。声もあまり抑揚がない。

 ちびっこダークエルフは無感情系美少女でもあるのだ。


 さすがに謎の掟で背骨を傷めるわけにはいかない。上部に掲示されていた依頼は僕が声に出して読んだ。

 そのすべてに両手でバッテンを作るユーリィ先輩。

 けっきょく新着の依頼にあまりいい感じのはなかった。


「フィーネ、なんか良さげな依頼はない?」


 手続き待ちの列が途切れたので、窓口のクラン職員のお姉さんに声をかけるユーリィ先輩。

 だいたいのクラン職員のお姉さんは顔なじみらしい。


「あらユーリィさん。実はありますよ、これぞアライさんにピッタリという依頼が。今日いらっしゃるだろうと思って掲示せずにとっておいたんです」



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  依頼  博物館にくる貴族の子供たち相手に1日ガイドをしてほしい


  依頼者 王立博物館館長 メイソン・ラッシュフォード


次の魔王討伐感謝の日、我が王立博物館では周辺諸侯のご子息たちを招くことになっている。


ついては常設展示である「魔王討伐展」の1日ガイドを頼みたい。


条件としては事前に予行演習に来てくれること。万が一にも当日、ご子息たちに失礼があってはならない。


ぶっちゃけ貴族のご子息たちにいい印象をもたれたくてしかたない。


我々おっさんのガイドでなく勇者パーティーの一員を用意したとなれば当博物館の評価も鰻登りというもの。それも性に目覚めたてのご子息が喜びそうなお姉さんタイプならなおのことである。


この王都は勇者パーティーが現在も住まう地。しかもひとりはクランハウスの経営をしていると聞く。


あー、どうにか依頼を受けてもらえないだろうか。そしてご子息を通じて諸侯とよろしくできないだろうか。


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「ウチにピッタリというよりも、ウチを狙い撃ちって感じね」


「でしょでしょ。これってつまりリタリさんにガイドを頼んでるってことですよね、露骨に」


 話をしながらクラン職員のフィーネさんはユーリィ先輩のほっぺをぷにぷにと人差し指でつつく。まるで親戚の子供と遊んでるみたいだ。


 うちのクランハウス『アライ』の創業者であるリタリ・トルテメティ先輩は勇者パーティーの一員として魔王を倒した人だ。

 依頼書の文面のむこうからこの館長さんがチラッチラッとこちらを見てきている気がする……。

 そして、さらなる頻度で諸侯の方をチラッチラッしている。


「ヒロキはどう思う?」


 顔は僕を見上げながらも、フィーネさんに両手を取られ左右にぷらんぷらんさせられている。ぷらんぷらん中も表情の変化はなしだ。


「個人的にはちょっと興味あります。魔王についてまだあまり知らないし、勉強になるかもしれないので」


「ふぅむ。たしかに。報酬も破格ね」


 依頼書の下に書かれた報酬額は、今まで請け負ったどの依頼よりもお高めだ。通常の3倍くらいある。

 その分、クランに入る仲介手数料もお高めになる。


「では、決まりということでいいですね! あずかっておいた資料がありますので、お持ち帰りください!」


 仲介手数料お高めの案件をさばけたからか、フィーネさんはテンション高く激しめにぷらんぷらんさせたのだった。

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