プロローグ3
「あれっ……おかしいのう、魔法陣が……あっ」
「おば……女神さま、どうかしたんですか? ちょっと待ちきれないんですが」
「すまんすまん。たった今ドスケベ天国が転生の上限に達したようじゃ」
「えっ……」
「どうやらさっき手続き中じゃったおっさんが一足先に転生してしまったようじゃのぅ」
あいつかよ! 可愛い女神をに担当してもらっただけでなくドスケベ天国まで持っていったのか!!
僕はこの手につかみかけたドスケベが永遠に自分のものにならないことを悟り、膝から崩れ落ちた。
頬を伝う熱で、自分が涙を流していることに気がつく。
「ちょっと、ちょっと待っておれ……ドスケベ天国といかずとも、そこそこいい感じの戦闘のない異世界をさがしてやるぞよっ。ワイヴァーンも少なめのいい感じの異世界をっ」
顔を上げるとお婆さんは必死にタブレットを操作して次の候補を探してくれていた。
さすがに哀れに思ったんだろうか。
「待っておれ……待っておれ……お、これ、これなんかどうかのう!?」
世界名:アクナルイルス
異世界の種類:中世ヨーロッパ風
魔王の有無:無(討伐済み)
住んでいる種族:人族・亜人族・魔物・竜族・精霊族
備考:転生勇者によって魔王が討伐された世界。それでも残っている魔物たちとはギルドの冒険者たちが戦っている。そのおかげで街の中に魔物が入ってくることはまずない。街の外に出る依頼を受けるギルドに対し、街の中で何でも屋として依頼を請け負う『クラン』がある。また、ワイヴァーンは絶滅危惧種である。
「この『クラン』というのはわかりやすくいうと人材派遣業じゃな。もちろん戦闘とかは一切ないぞよ。ギルドに登録している冒険者たちがパーティーを組むように、クランに登録している何でも屋たちも『クランハウス』という小さな集団を作って共同生活をしながら仕事をしておる。ま、住み込みじゃな。お茶漬けの素を使って釜玉うどんを作る程度の能力しか持たないオマエさんでも懇切丁寧に指導してもらえるじゃろう」
「けっこういいかも……」
なんでついでのようにディスられたのかはよくわからないが、たしかに悪い異世界じゃない。いい感じの異世界だ。ワイヴァーンの心配もまずないだろう。
僕は決意した。
「ここでお願いします!」
「決めたか。では転生の特典のほうはどうする? なにかひとつ言うがよい」
特典かぁ……。
冒険者になるわけじゃないから武器的なものもスキル的なものもそんなに必要ないと思う。うかつに魔法なんかもらってしまって冒険者パーティーにスカウトされでもしたら元も子もない。
何かもっと、今の僕にとって必要なものはないだろうか。
……あっ、思いついた。これがいいんじゃないかな。
「転生の特典なんですけど、所属するクランハウスをあらかじめ決めておいてもらえたりしませんか」
街中での依頼請負業のある異世界に転生したところで、すんなりとクランハウスに所属させてもらえるとは考えにくい。転生したその日のうちに所属クランハウスが決まらないと屋根の下で寝るどころか食事にもありつけない可能性が高いだろう。不案内な異世界で自分の力で道を切り開けるとは思えない。
僕はバイトの面接だって過去に数回落ちている。その経験を踏まえれば就職活動の免除を特典としていただくのが得策なんじゃないだろうか。
「なるほど、堅実じゃな。つまり就職の世話ということかのぅ。工務店を経営している親戚のおじさんの役目じゃな」
「そういうことです。できれば仕事に不慣れな後輩にも優しくしてくれる先輩方がいるクランハウスで。ついでに異世界に転生した地点に迎えに来てもらえるともっといいです」
「ふぇっふぇっふぇ、わかったわい。ドスケベ天国を逃したオマエさんじゃ。それくらいの頼み聞いてやるわい」
これですべてが決まった。僕はいよいよ異世界転生をする。
「では里中弘樹よ、名残惜しいじゃろうがの。ちょっと離れて立てい」
言われた通りちょっと離れて立つ。ちなみにまったく名残惜しくはない。
お婆さんは先ほどと同じようにタブレットを操作したその指を僕に向けた。
「おぉっ!」
足元に輝く魔法陣が現れる。
魔法陣から光が立ち上り、奔流が僕を包み込んだ。
「聞け、里中弘樹よ! 異世界での転生初期地点は王都ボンボネーラの中央広場となる! そこにクランハウス『アライ』のリーダーであるリタリという女魔術師が迎えに来る!」
眩いばかりの輝きに飲み込まれ、光の白さだけが視界を支配している。
もう音をかろうじて聞き取ることしかできない。自分がその場に立っているのかさえもわからなくなってきた。
「迎えに来るころには向こうにも話がついているはず! それが女神の力じゃ!」
体がふわりと浮かび上がる感覚。どこかここではない場所へと今にも飛んでいきそうだ。
光の向こうからお婆さんの声がなおも続く。
「クランハウスネームの『アライ』は『同盟』とか『結びつき』を意味する言葉じゃ! プラモデルを一度も塗装したことないようなオマエさんでも見捨てずに助けてくれる先輩がいるじゃろうて! 幸運を祈るぞよ!」
ついでのようなディスりの言葉を最後に、僕は異世界へと旅立った。
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