王立博物館ガイド2

「ただいま帰ったわ」


 僕とユーリィ先輩が『アライ』に戻ったのは、リビングでリタリ先輩が本を読んでいる最中だった。


 複雑な刺繍がほどこされた豪華なローブはザ・魔術師スタイル。

 色白で小さな顔をつつむような金色のミディアムボブカットは知的感マシマシ。

 誰もが目を奪われること間違いなしの美少女だ。


 しかも今は金縁の細い眼鏡をかけている。なんでも古い魔術書は読むものの魔力を吸い取るらしく、マジック・アイテムであるところの眼鏡を装用して抵抗しているらしい。眼鏡属性も兼備しているのだ。


 ……たしかに小学校5年生くらいで出会ったら、一目で憧れそうな外見だな。


「おかえり。で、どうだったのだ。依頼はゲットしてきたのか?」


 本をとじ、革表紙にほどこされた小さな鍵をかけ、成果を問うリタリ先輩。

 コトッとテーブルに触れる音をたてて眼鏡もはずした。


「モチのロン」


 こくりとうなずくユーリィ先輩。

 僕はテーブルに依頼書と資料をひろげた。

 依頼書にサーっと目をとおすリタリ先輩。


「これは……要するに私にガイドをしろということだな?」


「そうです。資料によると展示の大半は蝋人形で再現した勇者と魔王の最終決戦だそうです」


「知っている。蝋人形作りには協力したからな。その時に館長のこのおっさんとも数度会ったことがある」


 あ、そうか。蝋人形で再現するとなると、実際に戦いに参加した勇者パーティーの協力がないとできないか。


「では簡単にできそうですね」


 リタリさんはわずかに眉をひそめて、


「だが、あの欲望丸出しのヒヒ爺が貴族たちに媚びを売るのを手伝う気にはあまりなれないな。蝋人形作りの時も終始胸を凝視してきたし、愛人になれと誘ってきた」


 この館長そんなことする人なのか……。

 たしかに依頼文の文面的には欲望に忠実そうだけど……。


「でも報酬は高い。チャンスをいかそうと思って金払いがいいのね」


 ユーリィ先輩が依頼書の報酬額の欄をちょんちょんと突く。


「報酬はたしかに高いが、あのおっさんが貴族たちの覚えがよくなるために協力するのは気が進まないのだ。貴族の子供たちに媚びるなら、おっさんが自分でやればいいではないか」


「おっさんだから無理だって。お姉さんにときめきがちな世代を相手にするから」


「資料によると参加する貴族の子供たちは全員男みたいです。だいたい10歳から13歳くらいの」


 僕は補足情報を伝えた。年上のお姉さんに弱い年ごろだというのはよくわかる。僕も親戚の女子大生で性に目覚めたので共感しかない。


「なら惚れ薬でも調合して子供たちに盛ればいいではないか! そうすればおっさんでもすぐに人気者になれるぞ」


 それはまずい! それだと館長を主人公とした乙女ゲームができあがってしまう!


「まだこの世界に来て日が浅いヒロキの勉強も兼ねてる。あと報酬が高い」


「そ、そりゃ、そう言われればヒロキの勉強には協力したいが……そもそも男の子の憧れの対象になるなんて、そんなの自信がないぞ……私なんかで……その、男の子がときめくとは思えないのだが……」


 急にモジモジしだすリタリ先輩。どうやら自分が男の子にとって魅力的に映らないと思い込んでいるようだが、その美貌で言われてもまるで説得力がない。


「それは大丈夫。リタリなら普通にしていれば自動的に男がときめく」


 そう言ってリタリ先輩の顔から視線を外すユーリィ先輩。視線の移動先は……おっぱいだ!

 リタリ先輩は魔術師のローブでも存在感を隠し切れない豊かな胸を持っている。

 表情を一切変化させることなく、リタリ先輩のお胸をガン見するユーリィ先輩。

 話し相手がおっぱいであるかのようなガン見ぶりだ。


 10歳から13歳くらいの男子にとって、年上のお姉さんのおっぱいは抗うことが不可能な魅力を放っている。僕も親戚の女子大生のセーター姿が鮮明に脳裏に焼きついている。できるなら僕もガン見したい。


 ちなみに、ちびっこダークエルフのユーリィ先輩はまだまだ体も発育途上。

 胸元もトントン相撲に使えそうなくらい平べったい。


「それにいざとなったら股間を握ってしまえばいっぱつ」


 何を言い出すんだ、このダークエルフ!?

 リタリ先輩はリタリ先輩で、一瞬で顔が真っ赤になっちゃっている。

 魔王を討伐した勇者パーティーの一員だったとはいえまだ17歳。年齢的には女子高生だ。


「握らない! 握った後で子供らと耳栓なしでマンドラゴラ農園にマンドラゴラ狩りに出かけてもいいなら、まだ握るのもガマンできるが、それでも握らない!」


 マンドラゴラというのは根っこが人間の形をしている植物系の魔物だ。引っこ抜くと悲鳴をあげ、それを聞いたものを死に至らしめるという。

 どうやらリタリ先輩は股間をにぎられたければ命と引き換えだと言いたいらしい。


「でももう受けちゃったから。おっぱいのリーダーならやって」


 ユーリィ先輩の中で、リタリ先輩はいつの間にかおっぱいのリーダーになってしまっている。ほんとうはクランハウス『アライ』のリーダーなんだけど。おっぱいをガン見し過ぎて、言葉の選択にも影響してしまっている。


「や、やるが、それでも股間は握らないぞ! 股間を握られたくば、マンドラゴラ狩りが条件だ。なじみの農園に予約を入れるぞ」


 なじみのマンドラゴラ農園があるのか。まだまだ異世界の知識は少ないけど、魔術師なら当たり前なんだろうか。


 ともあれ、1日ガイドをやってくれるらしい。


「股間を握る握らないの話になってますけど、いったん話を魔王に戻しましょう」


「こ、股間とか言うな、バカ者!」


「そうだ。おっぱいと言え」


 まだ顔を赤らめたまま怒るリタリ先輩。

 ユーリィ先輩はまだおっぱいに夢中だ。そしてなぜ僕に「おっぱい」と口に出すことを求めたんだ。


「リタリ先輩は少し深呼吸でもして落ち着いてください。ユーリィ先輩は視線を顔に向けてほしいです」


 自分が興奮しすぎていることを自覚したのか、リタリ先輩はおとなしく言うことを聞いてくれた。

 目を瞑って深呼吸をくりかえす。

 深呼吸によって大きな胸が上下したが、ユーリィ先輩はようやくそこのガン見を止めてくれた。

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