第5/7話 僕たちの世界と僕たちの異世界

僕は宙に浮いた体を後ろに回転させ、クジラの背中に着地した。


老婆の言葉に、疑問が浮かぶ。


龍大、だと。


僕が考えていると、刀の浸食が始まった。

刀から漏れる闇が、僕の体に忍び寄ってくる。


「その刀…やはりリュウダイには使えなかったのじゃな。」


「どういう…ことだ…。」

僕の頭には血が上ってきている。


この人は僕たちを知っているのか。


「ちょっとあんた何してんの!?」


杏が僕たちに合流した。


彼女は困惑した表情で、僕に叱責を飛ばした。

杏はクジラの下で僕たちを見上げている。


僕は刀に意識を乗っ取られ始めている。


「坊ちゃま、早めにけりを。」

凜から通信が入る。


僕は息を吸い、目の前にいる老婆を刀の中心にとらえた。

そして刀を上段に構え、老婆に突進しする。


「まぁそう慌てない」


老婆はそう言うと、体をこちらに向け、手に持っていた杖を離し、両手を上げた。

杖は一人で立っている。


老婆が構えた後、僕は老婆の面前まで近づき、彼女の体を縦に割るように、刀を振りかざした。


しかし刀は再びはじかれた。


僕の仮面は大きく音を立て始める。


その音に連れて、僕の苦しみも膨らんでいく。


僕は、刀を鞘に納めた。刀はもがいている。


「お前さんも使いこなせていないようだね。」


老婆は言葉をつづける。


「単刀直入に言わせてもらうよ、あんたの父、リュウダイのおかげであたしたちの世界は大変なことになっている。そのためにはその刀が必要なんじゃが…。その前に、少しお前さんを試さないといけない。」


そう言って老婆は杖を両手で持ち、トンッとクジラの背中をたたいた。


「どういうことだ、父は何をしたんだ?」


老婆は質問に答えず、僕を見ていた。


彼女の糸目は、僕を見定めているかのようだった。


老婆がたたいた後、僕の足元が揺れ始めた。クジラが震えていた。


「何をしたんだ?」

僕は聞く。


僕は刀を抑えながら、老婆をみる。


しかし老婆は語らない。


5秒ほどの沈黙の後、地面が傾き、前方が高くなった。

クジラが口を開いた。

僕は自分より高い位置にいる老婆を見続ける。


すると彼女の背後に、土人形が二体、現れた。


あれは…土人か?


彼らは仮面をつけていない。


クジラの頭をよじ登るようにして現れた彼らは、クジラの口の中から出てきているようだった。


「リュウダイがしたことは一つ」


老婆は僕に言った。


「盗みだよ」


「盗み?」


再び地面が揺れ、クジラが口を閉じる。


「そう、盗み。刀と、仮面と、土人と、それからあんたの母親。」


「僕の…母?」


母が盗まれた、とは。


「話はまずこの子たちを倒してからじゃ。どうやら時間がない。」


老婆のその言葉をきっかけに、土人が襲い掛かってきた。


土人の片方は武器を持たず、もう片方は刀を持っている。まず先に、素手の土人が迫ってきた。

刀の土人は、スデの後ろで僕たちを観察している。


素手の土人は身をかがめて僕に走り寄り、懐に潜り込んできた。彼は僕の顎を狙うように拳を突き上げる。

僕は鞘に入ったままの刀を、胸元に構えた。


こぶしが鞘と衝突する。

金属がぶつかり合う音がした。


僕はわざと体をのけぞらせる。


そのすきに、スデは僕の腹に正拳突きをする。


僕は、腹部の力をゆるめる。


スデの突きが僕の腹に入る。

その威力に僕は後ろへ10メートルほど下がる。

僕はその衝撃をすべて、足に受け流した。


一瞬の攻防。


まぁまぁだな…。と僕は思った。


僕は老婆をにらみつける。


「いったい何が目的だ」

僕は叫んだ。


彼女は、間を開けてから言った。


「世界を救うことじゃよ。」


その言葉と同時に、素手の土人は、再び低い姿勢で迫ってきた。


スデが僕の懐に入り込み、先ほどと同じように、こぶしを構えた。

僕はその瞬間、上にジャンプする。

顎に迫るアッパーを躱しながら、僕は体を後ろへ回転させ、つま先を土人の喉元に添えて、そして一気に蹴り上げた。


蹴り上げられた土人は、滑るように後方へ跳んでいき泉に落ちた。


「きゃぁっ」


という杏の声が、水の音にまぎれた。


僕は一回転し、クジラの背中に着地する。

そして老婆の方に目をやると、老婆の前で、刀の土人が刀を縦に構えていた。


その構えは、僕が知っている型だった。

僕は同じ構えをとる。


「ほほ、しっかり仕込まれたようじゃな。」

老婆は言った。


「…知っていることをすべて教えろ。」

僕は言った。


刀の土人は、刀を構えたまま、動かなかった。

攻撃の気配はない。

僕たちの構えは、カウンターを狙うものだった。


僕たちがにらみ合っていると、杏の声が響いてきた。


「あなたたち!争いはやめなさいよ!」


またか。


「傷つけ合って、解決すると思ってんの?そんなの先へ延ばしてるだけじゃない!」


杏は泣いていた。


僕は驚く、意味が分からない。


「やはり、いい娘じゃな。」

老婆の声は暖かかった。


僕はこのまま土人を倒し、ターゲットを殺すべきか。


僕はどうするべきか。


倒す。


しかし、彼女たちは僕たちについて何か知っている。


そのことを、僕は知りたい。


僕は凜に相談した。

「凜、土人が二体現れた。土人は仮面をつけていない。彼らは老婆の手先だ。老婆は僕たちについて何かを、なにより…僕の母について、そして父について、何か知っているみたいなんだ。ドレスの方も、何かを知っている。僕は何をするべきだろう?」



しかし凜からの返答は無い。



「凜?応答してくれ。」



返事がない。


「凜、何かあっ

「今から話を聞きに行くから、そのまま待っていなさい!」


僕の言葉は途切れた。


僕は声の方を確認した。

すると杏は泉に跳びこみ、こちらに泳いできた。

しかし、彼女は泳げないのか、手をばたつかせ、あがいている。


それを見た僕の頭に『助ける』という考えが浮かんだ。

しかし同時に胸が締め付けられた。


なぜ。


なぜ僕が彼女を助ける。

僕の前には敵がいるんだぞ。


杏を眺めていると、彼女と目が合った、気がした。


その瞬間、僕は危機を感じた。

視線を老婆へ戻す。


「ふっふ、本当に良い子じゃ。」

老婆は杏を見て、うれしそうにつぶやいた後、杖を頭上に上げた。


杖は光り、水面が照らされる。


僕は視界の中心で老婆をとらえながらも、端の方では、杏を気にしていた。


杏がもがいていると、後ろに黒い影が現れ、土人が頭を出した。

それは僕が飛ばした土人だった。


土人は杏の肩に腕をまわし、クジラの口元まで泳いで行った。


老婆は土人たちが到着したのを見計らって、再びクジラの背中をたたいた。

今度の揺れは小さく、クジラは少しだけ口を開けたようだった。


そして杏たちはクジラの口の中に入っていく。


彼らを見た僕は、自分を責めてしまう。


苦しい。


しかし僕は、目の前の敵に注意していなくてはならない。

僕は戦う事ことに集中しなければならない。


「なぜその構えを知っている。」

僕は訊ねた。


「刀の技術はもともと、わしたちの世界のものだからじゃ。」

老婆が答える。


「私たちの世界?お前たちは何者なんだ?」


「知りたければ、今度はこの土人を倒してみなさいな。そうすれば、なんでも答えるよ。」


老婆は僕に、相変わらずほほ笑んでいる。


挑発か、それとも敵意はないのか。


刀の土人は、刀の切先をこちらに向けるように構えを変えた。


僕も同じ構えをとる。


互いに距離を寄せていく。


やがて僕は刀の土人の懐に入った。

刀の土人は鍔で受け止める構えをする。

僕は鞘で土人の刀をはじいた後、こぶしで彼の顎を打ち上げた。

土人は体を浮かす。

さらに僕は土人の脇腹にけりを入れた。

土人は泉の方へ吹っ飛び、落ちた。


一瞬だった。


「…倒したぞ。教えてもらおうか、僕の父について、母について。」


「予想以上の強さじゃな。合格じゃ。すべて話す。」


僕は老婆を見る。


「その前に一つ、言っておかなければならないことがある。そなたには我々の世界に来てもらわなければならない。」


「なぜ?」


「その刀が必要だからじゃ、そしてその使い手も。」


老婆は息を吸った。


「簡単に言うと、リュウダイはそなた母と駆け落ちをしたのじゃ。そなたの母を騙す形で。彼女はもともとワシたちの世界に住んでいた。しかしリュウダイが自らの目的を達成させるために、彼女を騙し、自分の世界に連れ去ったのじゃ。その自分の世界というのは今、ワシやそなたがいるこの世界の事じゃ。」


「しかしなぜ母を、目的って」


「リュウダイは父親殺しじゃ。お前さんの祖父を殺したのじゃ。我々の力を使って。」


「祖父を…。その力って」


「それが刀、土人、仮面の力じゃ。」


「それでも、母が必要な理由は」


「力を使うためには儀式を行う必要がある。そのために、お前さんの母が必要だったわけなのじゃが…。お主…。」


老婆は僕を見つめていた。


「とにかく、できるだけ早く、お主にはこちらの世界に来てもらう必要がある。その力を使いこなし、我々を救ってほしいのじゃ。」


話を聞いていると、僕に一つの考えが浮かんだ。


父が祖父を殺したなら、僕も父を殺せるのではないか。


キィィン


仮面が発動した。


僕は冷める。


そんなことはない。ここに来る前、確認した。


「そなたの力はもう十分じゃ。あとは…」


「ちょっと待ってくれ…何か聞こえる」


僕は老婆の言葉を遮り、音に集中した。


遠くで草木がこすれる音がする。

しかし草と別のものがこすれる音だ。

聞き覚えのある音だった。


草と…僕のコートがこすれる音…


崖の上が一点、赤く光った。


僕は刀を構える。


僕の鞘が何かをはじくと同時に、音がバンッと鳴り響いた。


はじいた先を見る。



宙に舞っていたのは、銃弾だった。

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