2/7章 出会い
第1/7話 僕たちの王女の出会い
〈出会い〉
僕は落ちていく。
僕はコートを開くタイミングを計っていた。
風を切る音が僕の全身を包み、背後では城の壁が流れていく。そして地面が迫ってくる。
僕は手足を広げていき、ムササビのように外套の面積を増やしていく。体にかかる圧力は大きい。
僕は体を傾かせながら、城から離れるように流れていった。
体をほぼ水平に保ち、舵を取ったところで、凜から通信が入った。
「この強風の中、さすがです。坊ちゃま。そこから右28度に前進してください。ただいま時速225km、現在も上昇。」
仮面は通信機と発信機を内蔵していて、会話と位置情報の把握が可能だった。
任務は仮面を通して、凜がオペレーションし、僕が行動している。
「了解。」
僕は上昇と下降、加速と減速を繰り返し、指示された方向へと進んだ。
飛行していると、森が見えてきた。森は地平の先まで続いていた。
地平の先のほうに、一本だけ、頭の飛び出た木を見つけた。
その木を確認したとき、凜から連絡が入った。
「坊ちゃま、現在地は森林地帯かと思われます。その中心には巨大な樹木があり、そこが今回の目的地となります。」
「確認したよ。」
「そこにターゲットが現れると。ご準備を。」
「了解」
僕は連絡の後、減速していき、高度を下げた。
地上に近づいてきたタイミングでコートを広げ、最後は地面を、彫刻刀で削るように踵で抉っていった。
僕は負荷に耐えられる訓練をしてきた。
僕は地面を削り、巨木から離れたところ着地した。
森の中は暗く、明かりは月と星々の輝きだった。
僕は目を閉じ、暗闇をなじませる。
森のさざめきが聞こえた。
いい夜だなと思った、瞬間、父との出来事がよみがえってきた。
再会してから一瞬で、僕は…。
飛行の集中で忘れていたことを思い出し、僕は不快になる。
しかしそれは、嫌なことを嫌なことだと、認識できたことだった。
森の癒しにより、気づく事が出来た。
僕は、どうすればいいのだろうか。
僕はきっとこの状況が…。
とここまで考えたが、不快な感情が流されていき、僕は浮遊感を感じる。
仮面の浄化だった。
いや、とにかく今は、命令に従わなければならない。
僕は地面を弾くように駆け、目的地へ向かった。
十秒ほど走ると、凜から無線が入った。
「坊ちゃま、そこから150m先が目的地です。」
「了解」
僕は止まり、身をかがめた。
僕の前には草々が茂っている。巨木近づくにつれ、高さを増し、密になっていた。
僕は音を立てないように草木をかき分け、先に進んだ。
進んでいくと、崖に出た。崖の下に泉があった。泉の中心に、巨木があった。
「坊ちゃま、目的地です。」
目の前の巨木、太く練り上げた筋肉のような身、葉は長身を覆いつくすように広がり、根は地面を喰らっていた。
しかし、他の木々の邪魔をしないように、見守っているかのように存在していた。
神聖で、壮大で、輝いていた。
見上げた僕は、その風格に畏れた。
しかし、父のような恐怖ではなかった。尊敬の畏れ、つながりの畏れ、喜びの畏れ。
僕の内臓は震えた。
目の前の神木に凌駕されていると、凜の声が聞こえた。
「坊ちゃま、そこにやってきます。ご移動を。」
「ああ。わかった。」
僕は水辺の中心から目を逸らさず、反対側に移動し始めた。
ちゃぽっという音が、向かっていた崖下の泉から聞こえた。
僕は身を瞬縮させ、葉の隙間から音を覗く。すると白い人の形が見えた。
音との距離は離れている。僕は相手に気づかれていない。
ターゲットはすでに来ていたのか。
僕に汗が流れる。凜を呼ぶ。
「凜、ターゲットはすでにきているのか。」
僕はささやく。
「…いえ、そのような情報はなく、ただやってくるとしか告げられていません。どうなさいましたか。」
「何者かがいる。距離は50、…膝まで足を泉に浸している。………着ているのは、ドレス?」
僕は凜に情報を伝えた。
「ドレス…? この森に…」
ターゲットは一体、と凜はつぶやいた。
「情報はこの場所と、ターゲットは女という事だけなんだよね?」
「はい」
「…了解。観察を続ける。」
今回は情報がいつも以上に少なかった。
僕たちは普段、与えられているデータは情報機密のため、少ない。しかし与えられた内容に間違いがあることはなかった。
情報は父から与えられていたが、ターゲットの情報を与えられることはなかった。つまり僕たちは、何者を殺しているのか知らなかった。知る事が出来なかった。
いつもと様子が違うことに僕たちは、違和感を覚える。
何かが引っかかる。父がミスを。
そういえば土人の行動も…。
いったい何が…。
考え始めたとき、僕の頭に蓄積された疑惑が、蒸発した。仮面によって。
そんなことは目の前の仕事を終わらせた後にでも考えればいい。
僕は対象の背後に回るため泉を離れて行った。
草木のせいで、ターゲットの位置が正確ではない。
凜から連絡が入る。
「ターゲットの正面が泉の中心のである場合、右50度の方向が、ターゲットの背後になります。距離40。」
凜の指示通り、僕は目標の後ろをとった。
「現在、ターゲットの背後です。距離30。」
僕は寄っていく。
「30………、20……、10。」
凜は距離を数える。
僕は10メートルに迫ったところで近くの木に跳び、水辺を見た。
女は見つかった。
背中まで伸びる金色の髪が照らされていた。
頭にはティアラのようなものが確認できたが、しかしそれは縦半分しかなかった。
どこかの王女か、しかしなぜこんな森の奥に。
「背後をとった、対象は泉に立っている」僕は連絡した。
「了解しました。」
凜は応答した。
連絡の直後だった。
女は泉の中へ歩いて行き、身を沈めていった。水深は見当がつかない。
僕は水を吸ったドレスが彼女を沈めてしまうと予期した。
それはまずいことだった。
僕たちは女を『殺せ』と命令されている。つまり僕の手で殺さなければならない。
僕は刀を抜いて木から飛び降り、崖の下に着地して、ターゲットに影のように密着し、刃を首に突きつけた。
「坊ちゃま…なにを…!」
凜は位置しか把握できないため、驚いたが、僕はもう止まれない。
刀から黒い影が僕に纏わりついてきた。
「お前はだれを殺した。」
僕は女に問う。
僕が語りかけた時、女は体をびくつかせたが、その後僕の腕をつかみ、冷静な口調で僕に説明した。
「…!………私は…、多くの人々を殺してきた…。そして今も、多くの人々を殺し続けているわ………。」
僕たちは殺す際、必ず質問していた。
前はだれを殺したのかと。
僕たちは自分が何をしているのか知りたかった。
理由なく人を殺し続けることを、僕たちはできない。
そのことを父には伝えていない。
僕たちはある日、ターゲット達が共通点を持っていることに気づいた。
僕たちが殺している相手は、殺人者だった。
そのことは僕たちの唯一の救いだった。
「そうか、なら、死ね。」
僕はターゲットの背中を蹴り、刀に体重を乗せ、彼女の心臓を貫いた。
女は背中から血飛沫を噴出しながら、泉の中へ落ちていった。
この刀を使うときは、快感だった。
この刀を使うときは、いつも僕の中に、ドロドロの黒いうねりが現れ、僕に、殺せと命令してきた。
そのうねりはもともと僕の中に存在しているものだろう、この刀が、僕の暗部を強く大きくしてくれているのだろうと、僕は思う。
きっと僕は今、仮面の中で、笑っているだろう。
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