過去の記憶 1/3

僕と○○

僕は母といた。

僕は母から離れることはなかった。


最初に覚えているのは、部屋の中の記憶だ。


そこには母が安楽椅子に座っていて、僕はその横で、積み木をしている。


「どうして僕とお母さんしかいないの?」


僕は、そんなことを聞いた。


「今この世界はね、魔法にかけられているの。湊がもう少し大きくなったら、いろんな人と出会えるわ。その時は、やさしくするのよ?」


「はぁーい。」


そこは城の中だったが、母の魔法によって空間は広げられ、自然が存在し、外のようだった。

僕たちの部屋は、木の上にある。


「どうして僕たちはここにいるの?」


「それはね、怖い鬼さんとかくれんぼしているのよ。」


母と一度だけ、二人だけでしたことがあった。


「怖い鬼さん?」


「そう、見つかっちゃうと、食べられてしまうの。だけどね、湊がもう少し大きくなったら、鬼さんは湊を食べる事が出来なくなってしまうの。その日まで、もうちょっとよ。」


母はいつも、もうちょっと大きくなったらねと言って、僕をなだめてくれた。


ある日、僕は駄々をこねた。退屈な日々に飽きてしまった。

母は僕におもちゃや、遊び、お話など、たくさんのものを与えてくれたが、それだけではやはり、不十分だった。

僕には人が、生き物が足りなかった。


そんな僕を見かねた母が、一度だけ、土人を呼んでくれた。

土人はどこからともなく現れ、僕の相手をしてくれた。


しかし、それがまずかった。


鬼に

見つかってしまった。


僕が土人と森の中で遊んでかくれんぼをしていると、急に、空が暗くなった。


僕は怖くなって、泣いた。


泣き始めると同時に、母が駆けつけてくれた。

というより、空間が委縮した。


魔法が解かれ、気が付いたらそこは、僕たちが暮らしていた、木の上の部屋だった。

しかしその部屋はなんだかいつもより、無機質だった。

人が暮らすような温かさは感じられなかった。


僕は部屋の隅っこでうずくまっていて、後ろから母が抱きしめてくれた。


「大丈夫よ、湊。大丈夫。」


僕が泣き止むと、母は言った。


「鬼さんにこの場所がばれてしまったわ。今から移動しなくちゃいけないの、一緒に来なさい。」


母は僕の手を取り、壁に向かって、何かをした。


僕は母の後ろにいる土人を眺めていた。

壁が動き出し、扉のように開いた。


僕らはその扉を潜り抜けると、別の部屋に辿り着いた。

そしてすぐに反対側の壁に移動し、また扉のように開けた。


何度も繰り返した。


階段を下ったり、タンスの中の隠し通路から、滑り台の世に移動したり、拷問室を抜けたりもした。


昔はこの城にも人間がいた。拷問する人間、される人間。洗脳する人間、洗脳される人間。しかし父がいつの間にか、僕と凜を残して、すべて土人に変えてしまった。


僕は通り抜ける途中で、多くのものを見た。

その時初めて僕は、痛覚ではない痛みを感じた。胸が苦しんだ。

僕たちは移動し続けた。しかし、どうにもならなかった。


ここは父の城だった。


僕たちが逃げていると、後ろから大きな音が聞こえた。爆発だった。

後ろを振り向こうとする僕を、母は引っ張った。


「もう少し!」


母は急いだ。


引っ張られる腕が痛んだが、痛いとは言えなかった。母はもっと辛そうだ。

後ろから足音が聞こえる。


ダダダダッ ダダダダダダダダッ ダダダダダダダダダダダダダダダッ


大きく、細かく、増えた。


僕はなぜだか、母を応援していた。がんばれおかぁさん。がんばれ。

僕は他人事のように応援していた。僕は、理解できていなかった。


ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ


足音が近い、追いつかれる。


母は白い扉を開けた。その先は大きな部屋だった。

僕がその部屋に入り切った瞬間、扉が閉まった。その寸前、僕の腕に風が当たった。


はぁはぁと、母の呼吸は荒い。膝に手をつき、髪を乱している。

僕は、なぜか疲れていなかった。隣にいる土人も同じだった。


「はぁ、ここまでくれば、大丈夫よ。」


母は息を切らしながらも、僕に優しく語りかけてくれた。


母はすぐに姿勢を正し、呪文のような言葉をつぶやき始めた。

その言葉が始まると、周囲が青白く輝き始め、部屋の中を満たしていった。

次第にその部屋が、僕たちが前に暮らしていた部屋に、変わり始める。


母が呪文を唱え終えると、部屋はすでに、僕たちが暮らしていた部屋になっていた。

ふぅ、と一息つき、母はベッドに腰を掛けた。


「湊、こっちおいで。」


僕は母の膝の上に乗った。


「あなたはね、大きな可能性を秘めているわ。二つの力。私と、鬼さんのような力と、二つ。」


僕には理解が出来なかったが、鬼のような力が秘められている、ということが引っかかった。


「僕、鬼はいやだな。」


「ふふ、たしかに鬼と言われるのはいやかもしれないけれど、悪いわけじゃないのよ。ただ、イメージの問題よ。大事なのは、力の使い方。あなたはすごい力を二つ持っていて、両方とも使いこなす事が出来るの。あとは練習だけ。これからはその使い方を一緒に身に着けていこうね。」


母は僕をなでながら、そういった。

しかし、母の言ったこれからは来ない。


母が言葉を終えた瞬間、彼女は顔を振り返えらせた。土人も同じ方向を見た。


「母さん?」


「どうして…ここが…。もう少しなのに。」


母はつぶやいた。


しかし母の判断は早かった。僕をベッドの中に入れた。


「ここで待っててね。」


母はほほ笑んだ。そして壁の方へ歩いて行った。

僕はベッドの中で、縮まっている。


大きな音が聞こえた。爆発音。

部屋が振動する。


耳を澄ますと、足音、何かが落ちる音、金属と金属がぶつかるような音が聞こえた。

そして母の声


「もう………」


一瞬のような、長い間のような、僕はベッドの中にいた。

その中から、外の音を聞いていた。

母の言うことを守っていた。

音が引いていく。


コツコツ


足音が遠くから聞こえてきた。


コツコツ


次第に近づいてくる


コツコツ


足音は僕の近くで止まった。

僕は自分の心臓を聞いていた。


視界に光が注ぎ込んできた。そしてベッドの布団が取り除かれた。


僕は眩しさに目を細める。


その光の陰に、一人の男が立っていた。その男の顔は、後光でみえない。


「鬼は私が退治した。」


さぁ来なさい。


男は手を差し伸べてきた。


…鬼じゃないのかな?


僕には判断がつかない。


「君のお母さんが、今、倒れてしまっている。お母さんのもとに行きたいかな?」


…お母さんが?すぐに行きたいけど


「この手を取れば、君はお母さんのところに行ける。君が自ら、この手を取るのだ。」


気が付くと、あたりは青色の光に包まれていた。

僕と、この男を囲むようにして。


…会いたい


「さぁ、早く」


青い光に照らされた男の顔が見えた。

その顔はどことなく、僕と似ていた。

そして、僕は男の手を取った。

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