廃校編 第5話

 あれからどれくらい経っただろうか。

 3ー2の教室は今も静かだった。窓の外は不自然なほどの深い霧に覆われており、室内から景色を拝む事はできない。

 破ろうとしても無駄だった。何度も試したが、窓ガラスには傷一つ付かない。

 彼は壁に寄りかかり溜め息を一つついた。最早、脱出の希望はない。

 噂には聞いていたがこれが「ダンジョン化」とゆう物らしい。都市伝説などではなかった。

 例の逃亡したガキの影響だろうか? 恐らくそうだ、研究所からと聞いていたが一体何を研究をしていたのだろうか?

 ダンジョンの生成なんて聞いた事がない。いや、知らなかっただけだろう。こんな事、国家機密に決まっている。

 しかし何者なのだろうか? ダンジョンや化け物の生成なんて転生者でも難しいだろう。もし居るとしたら十数年前に討伐されたというアレぐらいなのでは?

 ひょっとしたら例のガキはアレの子孫だったとか? あり得るな、この際十分に。

 

 覚悟をしていなかった訳ではない。この隊に配属された時からロクな死に方はしないなと思っていた。

『陸軍歩兵隊所属特設散兵隊』

 軍の中でも掃き溜めの部類、懲罰部隊の次にはカーストの低い物だから兵役につく前から知っているぐらい悪い意味で有名だった。

 実戦での死亡率の高さの割に、直ぐ人員が補填されるので「ジャガイモ」だとか「ゴキブリ部隊」なんて蔑称もちらほら聞く。

 上の反感を買った奴らや相当運の悪い奴以外は絶対に縁のない場所だろう。

 確かに自分に非がなかった訳ではない。だが街で口説いた女がまさか指揮官の娘だったとは誰が思っただろうか?お陰さまでこのザマだ。

 高価な装備は支給されず、博物館に飾られているようなフルプレートの強化外骨格に、骨董品と見間違えるほどに古臭い直剣と短杖が未だにメインアームとして運用しているのは自分の隊以外にはもう無い。あったとしても儀礼隊とか、その道の人間ぐらいだ。

 今では新兵でも最新式の連発式小杖を引っ提げて訓練しているらしいじゃないか、なぜ未だにこんな前時代的な装備で戦わなければならないのか。

 もう大勢で化け物と正面から殺し合う時代は終わったはずだ。これからは機械化された部隊同士が高度な術式と連絡網を用いて行う対称戦、つまり人間同士の殺し合いの時代だ。こんな物、囮にしたって質が悪すぎる。カカシを立てた方がまだマシだ。資金を出し渋るにも限度があるってものだ。

 

 ……解っている。いくら文句を垂れても状況が良くならないことぐらい。だがもう遅いのだ。初めから万策尽きている。

 少なくとも装備の問題だけじゃない。もしこの場所が本当にダンジョン化しているのであれば生存率は一桁にも満たないだろう。

 不適切な装備品で未探索のダンジョンで遭難した場合、大抵は死体が見つかるまで半年以上かかる。ミイラか、それとも白骨化かのどちらかだ。場合によっては腕一本だけ発見されることもある。

 この程度、彼の実家の近所の子供ですら知っている常識だ。

 

 ジョシュは違和感を感じていた。いや、疑問と言うべきか。

 片手に握っているレーダーをもう一度確認する。やはり何か妙だ。

 聞いていた話と違う。ダンジョンには敵性生物がウジャウジャいるとゆう事で有名だが、先程からレーダーに感はない。

 それ以外にあるとすれば、チームの残りの生存者数に関してもおかしなところがある。

 些細な事だ。画面右上の生存者を指す赤い点の数が自分を含めて三つしかない事についてだ。

 状況を整理していく。

 この校舎に正門から侵入した時は全員で八人。二手に分かれて対象を捜索していた。

 まず、隊長チームがガキを発見。その直後にスピーカーから鐘の音がして自分のいたチームが体育館で全滅。その後に二人やられた。恐らく隊長チームの誰かだ。

 一体何があったのか、まさかあの隊長が殺られたのか? そんなまさかとジョシュは思った。

 隊長は確かにそろそろ五十を超えるがまだ現役バリバリだ。何せ大戦中は〇〇軍側で連合軍のジジイどもと派手にやり合っていたそうだ。噂では転生者も仕留めた事があるのだとか。

 そんな彼があんな化け物一匹に食い殺されるところをジョシュは想像してみたが、思わず苦笑する。ダンジョン化なんて都市伝説よりは現実味がない光景だ。自分が喰われるところは安易に想像できるのにそれだけはあり得ないと首を横に振った。

 

 それでは誰だろうか?他に誰がやられたのか? 

 やはりあの新入りか?

 ついこの前配属されたばかりの女だ。あまり話した事はなかったが目つきの悪い、キツめの性格をしたべっぴんさんだった。見た目は若い。お花屋さんでもやってた方がお似合いだと言うのに。それでもこのむさ苦しい職場にようやく紅一点の登場とゆう事もあり始めはみんな喜んだ。しかし何故今この時期に、それも女性がこの隊に一人だけ急に入ってきたのかは甚だ疑問だったので隊員は皆首を傾げつつ奇異の熱い視線を浴びせていた。

 だがある事がきっかけで彼女の株は一気に爆上がりした。ジョシュは丁度その現場を目撃していたのでよく思い出せる。

 

 午前中のトレーニング終わりに昼食を取るために食堂に出向いた時のことだ。

 資材塔の渡り廊下を通って近道をしようとした所、突然警報用のベルが鳴り出した。それと同時に直ぐ近くの通路の先から爆発音がして熱い衝撃波が体を殴打し黒い煙が辺たりを覆い尽くした。弾薬保管室がある方だったのでまさかと思ったが、そのまさかだった。

 保管室は文字通り木っ端微塵になっており炎があちこちに飛び火して大惨事だ。すぐに消防隊が駆けつけたが火の手は既に広く回っており自分も速攻で避難した。

 火元が弾薬保管庫なので消防隊も迂闊に近寄れない。第二の爆発が起こる前までに逃げるる必要があった、しかし、

「……うぅ、ああ゛ぁ………たすけ、てくれ」

 火の海となった保管庫の中から声が聞こえた。濃い煙のせいでよく見えなかったが確かに人の気配がする。


 だが誰も助けには行かない。ジョシュもそれを遠目に見ているだけだった、当たり前だ今行ったところで犠牲者が増えるだけで、危険なだけだ。ここで件の彼女が登場する。消防隊も野次馬も諦めかけたその時に彼女は颯爽とブリキのバケツを片手に現れた。周りの静止を振り切ってバケツの中身を頭から被って炎の中に飛び込む。その時は流石の自分も悲鳴のような声を上げて顔を覆った。

 辺りは蜂の巣を突いたように慌しくなる。


「おい、救護班はまだか! 怪我人がもう一人増えたぞ急げ‼︎」

「連隊の魔法使い共も呼んでこい。ありったけの水を用意しろ!」

「野次馬共は下がってろお前らも巻き添え食いたいのか⁉︎」

 怒声が響く中、暫くするとついに扉の前が燃え落ちた瓦礫に塞がれてしまった。もう助からないだろう。そう思った矢先、「ズドンッ」とゆう特徴的な破裂音と共に瓦礫が吹き飛ばされた。その後に人影が飛び出す。

 彼女は自身よりも遥かにガタイのいい大男を担ぎ上げ、片手には恐らく保管されていた物であろう携帯型の擲弾発射機(グレネードランチャー)をぶら下げていた。

 よろよろとそのまま数歩ほど歩いて力尽きたように膝をついた。慌てて救護班が駆け寄り保護する。

 今度は白い防護服を着た連中に彼らの方が担ぎ上げられ撤収した。男の方は酷い火傷であちこちが黒焦げになっているようだったが幸い息はあるようだ。

 野次馬共が盛大な歓声と拍手でヒーロー………いや、ヒロインを出迎えた、自分もそれに交ざった。当の本人はグッタリして反応はなかったがチラリと保管庫の方を一瞥。その瞬間、先程よりもさらに凄まじい爆発が襲い掛かり周りにいた人々は堪らず防御するように屈む。

 保管庫は廊下も含めて跡形も無く吹き飛んだ。もしも、まだ誰も助けに行かなかったら、彼女が助けにいかなかったら、彼は今頃には瓦礫のシミになっていたことだろう。

 

 ふと、数滴の水滴が窓を叩く音がして我に帰った。そんな事もあったなと、回想にふけっていた意識が引き戻される。敵が外から来たのかと一瞬ヒヤリとしたが杞憂だった。相変わらずの濃霧でよく見えないが雨が降ってきただけだ。

 

 そうだ、彼女は無事なのだろうか? それとも既にあの化け物の餌食に……だとしたら実に惜しい。しかしながらしょうがないとも思ってしまう。この仕事はああいうタフな奴ほど早死にするのだ。特にこうゆうような不測の事態には経験の浅い新人にはキツかっただろうに。

 話を戻そう。通信が途絶えた直後か、それよりも前辺りには既に隊長チームには犠牲者が出ていた。一体何にやられたのだろうか?自分が遭遇したものとは違うタイプの化け物か、それともやはりあの捜索対象とやらだろうか? 無理もないだろう、ここら一帯をダンジョンに作り変えてしまうような怪物だ、新人は兎も角、隊長以外に対処する事は難しいだろう。

 じゃあ隊長と自分の他に誰が生き残っているのだろうか、レオか?それともトッドだったりして。まさかあの新人か?

 ククク、とジョシュは喉で笑う。こんな状況でも不思議とにやけてしまった。緊張のせいだろうか?

 が、しかしそれも束の間、彼の表情は緊張で強張る。微かだがレーダーに感があったのだ。

 ジョシュはレーダーを片手に持ちながら腰に刺した小型の直剣を引き抜く。呼吸を整えて握る方の拳に力を込めると薄く細い刀身が僅かに赤く発光する。

 レーダーには黄色い点が一定のパターンで水面の波紋を作り出すように表示されている。

 この波紋の範囲の何処かに敵が潜んでいる、薄暗くて全く見えないがそれは今、確かにこの教室に潜んでいる。だが、範囲がうまく絞り込めないせいか、この隊にしては珍しい最新装備のレーダーでも位置の特定は困難だ。

「何故だ」と用心深く刃を構えながら思う。それはこの教室の中にいつの間にか現れた。確かにドアの鍵は閉めた筈だ。ドアが開いた気配もない。だが確かにこの教室の中にいる。

 おかしな事はもう一つある。何もしてこないのだ。一切動かずに何もして来ない、じっとしてまるでこちらを監視するかのように、ただ視線を感じる。

 体育館で遭遇したタイプとは別物だろうか? ひょっとして隊長チームの二人もコイツにやられたのか? じゃあなぜ攻撃して来ない?

 嫌な予感がする。ジョシュは潜伏先を変える事を即座に決断するとドアの鍵を開きその場から逃走した。

 

「くそっ、せめて最後の一人になるまで生き残ってやる」

 真夜中の廃校の廊下に、再び甲冑の擦れる金属音とだんだん激しさを増す雨音が響き渡った。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 例の交差点から田舎の方に一キロ、田んぼと畑の続く坂道を暫く歩いて山道に入るとアスファルトだった道路が砂利道に変わり、その先には山の景色とは不釣り合いの無機質なコンクリート製の三階建ての校舎が見えてくる。釜ヶ崎小学校、いや、今は旧釜ヶ崎小学校だったか。周りを森に囲まれており手前にはだだっ広い校庭がある。この校舎自体は俺が転校してから少し経った後に使われなくなったそうで今は同名の違う校舎が街の方にあるそうだ。因みに、ウチの弟もそこに今度から転校する予定だ。

 

「うわぁ、うわぁ…」

 

 第一声がこれになってしまうぐらいには五年ぶりに訪れた学校の雰囲気は陰険だった。控えめに言って最悪、自分がもしここの生徒だったら親に転校させてくれと泣いて縋るだろう。


「いやいや俺ここの生徒だったろ」

 落ち着け上妻有正。組み合わせが悪いだけだ。もしも違う展開で来ていたら正反対の感想が出てくるだろう? つまりそうゆう事だ。

 物事には組み合わせって物がある。それは何にでも当てはまるものであって特別でもなんでもない。

 例えば「夏」+「海」であったり、

「ご飯」+「味噌汁」でも「ドラ○モン」+「○びた」でもあり寄りのあり。

「異世界転生」+「チートハーレム」なんかは俺にも馴染みのある組み合わせだ。

 今回はたまたま「真夜十二時過ぎ」+「廃校」だっただけだ。

 正に相乗効果、1+1が3にも4にもなるってかこの野郎。ふざけやがって。

 

 此処までの道のりも最悪だった。街の光を遠目に街灯のない坂道を雲と雲の切れ目から漏れ出す僅かな月の光と以前登校していた記憶を頼りにひたすら歩き続けたのだ。こんな時間なもんで一切車が通らないのはある意味幸いだったが、それにしても人気がなさすぎるのも気分の良いものではない。

 何度も引き返そうとは思ったが体が言う事を聞かなかった。真っ暗なのでほとんど何も見えないが、背後に何かがいるのではないかとゆう妄想を頭に過らせてからそれが離れなかった。

 いない筈の何かの気配を背後に感じる。今振り返ったらその何かが自分を連れ去ってしまうのではないかと、出来の悪い妄想が脳味噌を取り巻いて離れない。

 春も始まったばかりの夜中だと言うのに俺は全身から嫌な汗を吹き出させて目を回す。立ち止まる事もなく、寧ろ早足で後ろの妖怪的なサムシングを振り払おうとしていたらこの場所に到着していた。

 

 家を出た直後には見えていた月も今は分厚い雲に隠されており、いつの間にやら空はどんよりと曇っている。風も強くなってきた。

 道路脇に並んだ杉の木がそれに煽られて幽霊のような形に枝を広げ不気味な音を立てる。

 

 最悪だ。四日前の俺は本当にこんな場所に足を運んだのだろうか? ありえない。

 いやいや、自分は実際に今こうして辿り着けたのだから無理ではないのだろうが、それにしてもだ。普通はこんな所には来ないだろう。

 四日前の俺が此処に来なければならなかったような理由とは一体何なんだろう。ただの散歩だったとしてもこんな時間には絶対来ない。

 そもそも本当に俺は此処にきていたのだろうか? 確かに防犯カメラの映像では俺はこちらの方角から現れた。それにこの釜ヶ崎小学校以外に憶えのある土地はない。


 強いて言うならばさらにこの学校の奥にある封鎖された自然公園だろうか。

 それこそあり得ないだろう。あの公園へ続く道は俺が小学校二年生の頃に台風による土砂崩れで無くなっていた。

 まぁ、それでも俺はこっそり忍び込んで秘密基地を作っていたりしたのだが。

 ………そう言えば幾つか公園に侵入できるルートがあった筈だ。

 俺は首を横に振った、益々あり得ないと。どのルートもこの時間に通り抜けるのは困難だ。確かに今やろうと思えば可能だが、この暗闇の中を崖のような傾斜面や苛の生い茂った獣道を突破する必要がある。

 下手をすれば怪我じゃ済まないだろう。

 

 これからどうしようかと校門の前で立ち尽くして考え込む。引き返して家に帰ろうか?いやいや、それだとまたあの坂道を通らなければならない。かと言ってこのまま校舎に入り込むにしてもだ、それは不法侵入罪じゃなかろうか? 廃校とは言え土地は誰かの物なのだ、もしバレたら今度は被害者ではなく軽犯罪者としてあの警察署のお世話になってしまう。さて、どうしようか。

 

「…………、」

 少し考えた俺は取り敢えずこの辺りを調べてみることにした。要は敷地に入らなければ良いのだ。スマホのライトをオンにして目の前や足元を照らす。電池の残量は気にしない。こんな事もあろうかと携帯充電器を持ってきていたのだ。

 立て看板を照らす。『私立釜ヶ崎小学校』と墨で書いてあるだけ、ハズレ。

 足元を照らす。砂利と落ち葉しかない。

 そして校門を照らすとおかしなものに気がついた。アタリ。


 この学校の門は頑丈な鉄格子製で両開きになっている。それがほんの少し開いているのだ。地面には同じく鉄製の鎖がとぐろを撒いて落ちていた。

 近寄って確認してみる。この門を施錠していた物だろうか、だいぶ古いが丈夫そうな鎖だ。一本一本が俺の小指ほどの太さだ。

 何故こんな所に転がっているのだろうか、自然に外れてしまったのか? 違う、門には鉄格子が外れていたり歪んでいたりする場所が見当たらない。

 よく見ると南京錠が閉まったままだ。

 鎖を拾い上げてみるとかなりずっしりとしていてまだ機能しそうだ。鎖の一本を辿ってみると端っこを見つけた。欠けた輪の破片がまだ引っかかっている。どうやらここが壊れて外れたらしい。鎖の断面をよく見てみるとまだ銀色の金属が露出していた。どうやらつい最近壊れた物のようだ。

「ん………?」

 他にも鎖が途中で途切れている物がある。観察してみると驚いたことにどの鎖も同じような壊れ方をしていた。まるで束になっていた鎖を鋭利な刃物のような物で破壊したように見える。

 もっと詳しく調べてみる。どの鎖にも繋ぎ目に錆があったり欠けていたりなどの風化の痕跡は無い。つまり金属疲労や寿命のような物ではなく誰かが意図的に破壊したことになる。だがこれは明らかにチェーンカッターのような工具では不可能な破壊痕だ。

 南京錠を見てみると抉じ開けようとしたかの様な引っ掻き傷が差し口のあちこちにある。

 

 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。かなり異常な光景だった。つまりこうゆうことでは無いのだろうか?

 交差点でやったように、頭の中で作った映像をその場に映し出す。校門の前の暗闇を照らすとビジョンが浮かび上がる。

 

 一人の男が門を固く閉ざしている鎖をどうにかしようと四苦八苦している。

 初めは南京錠を針金を使ってスマートに開錠しようとしたがいくら試しても成功しない。躍起になってガチャガチャさせ続けたそいつは遂に痺れを切らし予め用意しておいた斧を叩きつけて鎖を束のまま一刀両断。そのまま悠々と校舎の方へ消えていった。


「ギャグかよ」

 真面目にやれ、俺。そんなの明らかにおかしいだろう。ツッコミどころが多すぎる。

 まず、「そいつ」とは何処のどいつだ? そして斧は何処から出てきた? ってゆうか普通の人間が斧で鎖を叩き切る事なんて芸当は出来るわけがない。

 ふいに、校舎の中に消えていった人物を自分と重ねてみる。ひょっとしたら四日前に自分がここに訪れた際にやったのではないか、と思ってしまったのだ。

 苦笑いしながらそれも否定する。ないない。

 

 果たして、思考はまた振り出しに戻ってしまった。真っ暗闇の中、「あーでも無い」「こーでも無い」とブツブツしながら考えをループさせ続ける。

 ここまで来るといよいよこの状況にも慣れてきてしまった。さっきまで「幽霊みたいだ」とか言ってたあの杉の木も、今はただの真っ黒いシルエット以外の何物にも見えない。とゆうか、最初からそうだったし、今はそもそも視界にすら入ってなかった。現在、俺は無い脳味噌をフルに活用して延々と似たような内容の、推理によって導き出された情景を頭の中で総当たりに検証しまくっている。

 とうとうその場に座り込んで考え事を始めた俺は四日前から今日の今までの行動を振り返り、そしてスマホのメモ帳にその内容を書き込む。いつ、どこで、だれが、どうした?

 

 そんな事をしていると、突然画面上に小さな虹色の玉ができる。いや、これは水滴だ。まずは首筋、そして耳たぶ、次に鼻先。ポツポツと嫌な予感がした俺は思考を中断し立ち上がって空を見上げる。

 

 ザアアァァァァーーー…………

 

「えぇ、雨かよ」

 降ってきた。降ってきやがった。なんかさっきから文字通り雲行きが怪しいななんて思っていたら本当に降りやがった。

 どうしようか、傘も雨合羽も持ってきていない。天気予報では今日も明日も晴れ時々曇りだと伝えていたからだ。薄紫色のキャスターがそう言っていた。それにここは山の中、周りにコンビニなんて便利なものはないし一番近いところでもここから歩いて二十分程かかる。

 頭を抱えて困り果てる。そんな俺を嘲笑うかのように雨脚は次第に強くなっていく。雨粒はより大きく、風はより強くなり激しさを増す。今は四月の始め、冬がとっくに過ぎたとは言え体感気温は大体二度、実際に見なくてもわかる。きっと今、俺の唇は青紫色に変色しているだろう。氷のように冷たくなった手で二の腕を摩り、足をパタパタさせる。

 

 寒い、寒すぎる。どうしようか、本当にどうしよう。

 流石に今家に帰ったら不味い、この雨の中をダッシュで帰ってみろ、家の中が水浸しになってしまう。そうなれば明日……いや今日の朝に一発でバレてしまう。かと言ってこのままこの場所に居たら凍え死ぬ。コンビニで雨宿りがてら暖を取れば………だからコンビニは遠くていけないんだって‼︎

 まずい、この寒さのせいで思考が定まらない。こうなればこの雨が止むまで何処かに避難を、って何処へ、何処にそんな都合のいい場所がー………。

 

 チラリとすぐ側を見やる。

 鍵の開いた(壊された)正門。

 誰も居ない校舎。

 少しは雨と風を凌げる筈。

 

「やむを得ないでしょうに」

 俺は荷物をまとめて鉄製の門を乱暴に蹴飛ばして校舎の方へ全力疾走を決め込んだ。

 

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