廃校編 第4話
ピピピピ……ピピピピ…ガチャ
枕元に置いた目覚まし時計で目が覚めた。布団から這い出て伸びをする。
室内は暗く、静かだった。当然だ、目覚まし時計で起きはしたが、今は朝ではない。
現在時刻、深夜十二時を過ぎた頃。
真夜中だ。取り敢えずその場で屈伸運動、その他いろいろの準備体操をしておく。
今夜は徹夜で街を練り歩く予定なもんだから、夕食を食べた後、足早に自室に駆け込み仮眠を取ったのだ。
まだ電気はつけない。これには二つの理由がある。
一つは気づかれないため。
両親は既に寝ている。楽人も今は夢の中だろう。とはいえ念には念を、最初のこうゆう時にミスをするのは宜しくない。
もう一つは目を慣らすため。
これは聞いた話だが、大戦中の兵士達も夜間に敵陣へ突っ込む際はこうしていたとゆう。海賊が眼帯をつけているのも、似たような理由があったらしい。
お陰さまで準備体操が終わる頃には、ぼんやりと部屋の輪郭が写るようになってきた。
すると、ドアの手前に積まれた荷物も見えてくる。荷物と言ってもそれほど多くはない。夜に行動するための服装一式とリュックサック一つ。取り敢えずそれに着替えた。
上は柄のない紺色のパーカー、下はジーパン。軍手にニット帽。全体的にグレーな色合いの地味な格好。でもそれは俺なりに工夫して選び抜いた装備なのだ。
忍者っているだろう。奴らは全身真っ黒の着物に身を包んでいたとよく勘違いされているが実は違う。……いや半分合っている。
連中は夜間に潜入する際、黒ではなく山吹色の着物を纏っていたのだ。イメージしにくいなら、茶色の混じった暗めのオレンジ色と言ったらわかりやすいだろう。
その当時、電灯なんて便利なものはなく明かりは灯篭や松明などの炎による原始的な光を用いていた。まぁそもそも油の消費をケチってあまり使用していなかったとも聞くが。ともかく、山吹色は炎の明るいオレンジの光にうまく溶け込む事ができるのだ。現代において松明はガス灯へ、そのガス灯は電灯へ移り変わった。同じ理屈で、電灯の白い光にはグレーの布地が風景に溶け込みやすいと思った訳だ。幸い、元から衣服はあまり持ち合わせていなかった上に地味なやつしかなかったので選ぶのにそこまで苦労はしなかった。
決してこれしか着ていくものが無かったわけではない。決して。
次はリュックサックだ。これは従兄弟のお古だが、かなり丈夫で俺のお気に入りだ。中にはおやつとジュース。最近冷えるので予備の防寒具と念の為にビニール袋を詰めておいた。後はその他いろいろ、遠足かよ。
小学校の遠足かよ。とゆうツッコミは置いておいて、財布と携帯電話の充電器を入れておく。
以上、これが今夜の正装だ。
いやしかし、こうして全部身に付けると遠足に行く小学生ってよりもただの不審者じゃないか。「こんばんは怪しいものです」ってか、喧しいわ。はぁ。
靴もここで履く。予め、玄関の棚から一足揃えて持ってきた。いつも履いているやつはしっかりと残してある。一見しても外出したようには見えないだろう、抜かりはない。
さて、靴紐を気持ちキツめに縛って出撃準備完了。いざ行かん。
気配と足音をできるだけ殺し、一階のリビングへ、玄関からは出ない。音が出てしまう。
ので、ベランダの窓から外へ。ここからなら鍵の開け閉めに気を付ける必要もない。防犯的には大変宜しくないのだが、俺だって今から悪い事をするんだ。
「行ってきまーす」
そう言って俺は窓を閉め、夜の街に駆け出した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
同時刻 旧釜ヶ崎小学校 二階の何処か
聞いてないぞこんな事‼︎
ジョシュは暗闇の中を走りながら思った。彼は今、追われている。振り返っても何も居ないが気配を感じる。とにかく全力疾走だ。
楽な任務の筈だった。どっかの研究所から逃げたガキを一人、連れて帰るだけ。
生死は問わないと、いつもの鉄砲玉なんかより百倍マシな仕事だと、ブリーフィングではそう言っていた筈だ。。
それが何だ、なんなんだこれは⁉︎
さっきまでここは寂れた廃校だった筈だ、しかしおかしい、いくら走っても廊下の突き当たりすら見えてこない。時々現れるT字路を何回も何回も曲がってはいるのだが一向に景色が変わらない。今、自分が何処を走っているのかもだんだん分からなくなってきた。
彼はここまで何回も見かけた3ー2と書かれた表札の部屋にたまらず駆け込んだ。
二つある扉の鍵を両方かけてその場に膝をつく。肩を上下させて熱い空気の塊を吐き出した。体が酸素を求めて言う事を聞かない。自分の肺の形が分かるほど胸が痛む。
ガシャっと音を立てて甲冑型のボディーアーマーを着たまま倒れ込む。もう動けない。
所々ワックスの剥がれた、タイル張りの床にへばり付き、ポーチの中身を探る。彼はその中から装飾のない大きめの懐中時計の様な道具を取り出すと、蓋を開けて横の摘みを操作する。
懐中時計といったが盤面には針のようなものが見当たらない。代わりに碁盤のように蛍光色の緑色の線が縦横し、その中心に赤い点……つまり自分がいる。
「くそッ」
思わず舌打ちをする。さっき確認した時よりも右上の赤い点が減っている。間違いない、もう既に何人かヤられている。最初にこの校舎に突入した時は八人編成の分隊だったが今やその半数未満だ。
始めに殺されたのは同じチームのラルフだった。校舎の異変に気が付いた直後だ。
その時は隊長から目標の確保の一報が届いていた。だから先に自分のチームは合流予定だった体育館で待機していたのだ。
キーンコーンカーンコーン………キーンコーンカーンコーン……………
突然、天井付近にあるスピーカーから鐘の音の様なものが響いたのだ。不審に思った自分達は別移動していた隊長チームとの通信を試みた、だがその時に気付いた、ずっと背後に居たんだ……それが。
そいつは窓から漏れる星の光に照らされてうっすらとしか見えなかったが確かにいた。人型の生物である事は間違いない、だが首から上が異常に発達していて、かなりアンバランスな体躯をしているように見えた。
ラルフは最後まで悲鳴すらあげなかった、いやあげられなかったんだ。気づいた時にはアイツはアイツの首をキャンディみたいに口の中で………
ジョシュは首を振ってあの光景を頭の中から拭おうとする。
結局あの後、チームは散りじりになってしまった。突然の事で混乱していたのだ、とても統制を取れるような状況じゃなかった。ジョシュもその場から脇目も振らず一目散に逃げ出した。途中、背後でレオとハンスの悲鳴もしたが聞こえないフリをした。
ジョシュはレーダーに目を光らせる。まだ、何もこの教室には追ってきてはいないようだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
少し歩くと懐かしいものが見えてきた。
街頭に照らされて遊具の輪郭が浮かび上がっている。
住宅街と国道の境にある公園だ。昔、よくここに遊びに来ていたのを憶えている。
これと言って特徴のない場所だ。錆の目立つ滑り台に地面が削れきったブランコ。そして立ち入り禁止の規制線が貼られた公衆トイレ、便器でも壊れたのだろうか?
周りはフェンスと家屋に囲まれており、こんな時間なもんだから当然俺以外に人影はいない。
こんな人のよく来そうな場所にあるのにどうしたもんか、整備が行き届いていないように見える。雑草が伸びきって地面のあちこちが見えない。
取り敢えず、すぐそこにあった木製ベンチに腰を下ろす。座り心地は最悪、塗装が剥がれているせいなのかケツがザラザラするし、結構ガタつく。暗くてよく見えないが釘の周りが特に劣化しているらしい。
「前はこんなんじゃなかったと思うんだけどな、そろそろ工事が必要なんじゃないの?これ」
そのうち、誰かが座った拍子に粉々になってしまうんじゃないかと気が気でない。
少なくとも俺が前にこの街にいた頃はこんな事になってはいなかった。もうちょっと綺麗だった。
ふと、あの頃の出来事がフラッシュバックする様に景色と重なる。確かアイツらと遊ぶようになる前はここで漫画読んでたっけな。
駄菓子屋の帰りに一人で「でんじゃらす○ーさん」の単行本を読むのが小学校低学年の頃の楽しみだった。
親が厳しかったのでゲームを買ってもらえなかったのだ。学校から帰っても「宿題やれー」って言って、宿題が終わっても「外に出ろー」だもの。まぁ流石に雨が降ったら外に出ろとは言われなかった。だからこっそりタンスの奥にてるてる坊主を逆さに釣っていたりしたっけ。
我に帰る。時間がないのだ、今の俺に真夜中の公園でベンチに座って老人の様にノスタルジーに浸っている暇はない。
ふぅ、危なかった。危うく一晩中こうしているところだった。いやはや恐ろしいな思い出補正って、よくよく思い出してみればこの公園にそこまでいい思い出はなかったな、それどころかトラウマだらけだ。
この公園に限った話ではない、この街にはやたらと小学校の頃のアレコレでいっぱいだ。
「親の仕事の都合で」なんて言うラノベで使い古されて手垢のベタベタついた理由で戻ってきてしまったあたり、今回の怪事件と相まってなんだか運命めいたものを感じてしまう。
さて、休憩終わり。深夜の行軍再開、次の目的地は……、俺の家だ。正確には前まで住んでいた家だ。
航空写真を見ていて気になった事があったので、事故現場に行く前に足を運んで行こうと思ったのだ。
ベンチに座ったままスマホのマップを開く。そこからまた航空写真を開き、現在位置の俯瞰写真、そしてその少し近く、住宅街に紛れたオレンジ色の屋根の家が俺の第一の実家。
2、3年前に親から聞かされた話だが、我ら上妻一家が引っ越して間もない頃、どうやら取り壊されてしまったらしい。だから今は跡形もない。ただの空き地があるだけなのだとか。
随分前に撮られてからこの写真は更新されていないらしい。さて、この写真の何処が問題なのかと言うと。
画像を縮小する。
するとその画面に収まる程すぐ近くに例の事故現場が。俺は初めてこれを見つけた時、鳥肌が立った。いよいよ偶然ではないのかもしれないと思った。
何故か、それは。
「この道、俺の小学校の頃の通学路なんだよなぁ」
元自宅の場所から事故現場までの道筋を指でなぞる。間違いない。
なんだか怖くなってきた。第六感と言うべき物なのか。自分は触れてはいけない何かに手を伸ばしているのではないかと、理屈ではなく、本能的に感じている。
だが気になってしまう。それにここまで来たのだ。今更「怖いよー、おうち帰るー」なんて死んでも御免だ。死にたくないけど、正直怖いから家に帰りたいけど。暗いし。
慄く膝小僧を引っ叩いて立ち上がる。ベンチからメキャッと嫌な音がしたが気にしない気にしない。
スマホをズボンのポッケに突っ込んで公園を後にする。この道を真っ直ぐに行けば家に着く筈だ。
街頭に照らされた夜の住宅街を真っ直ぐに歩き続ける。風がひんやりしていて気持ちいい。ついこの前まで白い息が吐けたと言うのに、もうこんなにあったかくなってしまった。さっきの公園でチラリと見えたが、桜の蕾がだいぶ大きくなっていた。そろそろ咲き始める頃合いかな。去年は暖冬だったし、ニュースでも例年よりも早めに咲き始めるらしいからな、薄紫色の髪のキャスターが言ってた。
……………、
「実は異世界転生しちゃってました説」あれはあながち間違いや冗談ではないのかもしれないと思ってしまう。状況的に見ても、そうなんじゃないかなと、真面目に思ってしまう。
まぁ、それもこれからわかるだろう。
そんな事を考えていると、また懐かしいものが見えてくる。家ではない、駄菓子屋だ。
こんな住宅街のど真ん中にあると言うのに看板には創業五十年と書かれている。絶対嘘だとは思うが、俺がいた五年前から何も変わっていないあたり、もしかしたらと勘ぐってしまう。どうやらまだ潰れてはいないらしい、あのおばちゃんまだ元気かな?
当たり前だが閉まっている。こんな時間にお菓子欲しさに十円玉を握りしめてほっつき回る奴なんていない。良い子は寝る時間だ。
いたとしても大概はコンビニへ赴くだろう。それにしても、コンビニなんて便利なものがある世の中でどうしてこう言ったお店が生き残っているのか? いや、この店の場合は、近所に子供が多いっていうのと、商売敵になる様な脅威がない事なんだろうが、不思議だ。
なんて思いながら駄菓子屋を横目に見つつ素通り。
見えてきた。あの角を曲がれば直ぐに見えるだろう。さぁ、あと二十メートル……十メートル………五メートル…………見えた。
見えた、見えたが本当に何も無かった。
一瞬、面影を頼りに探してしまったがやはりと言うか、さっきの公園よりも遥かに雑草の生い茂った空き地だけがそこにあった。
その気になれば乗り越えられそうな黄色と黒のシマシマ模様の線と「売地」と書かれた看板が街頭に虚しく照らされていた。
「以外と……狭かったんだな」
素直な感想が口から溢れた。住んでいた頃はもっと広いと思っていたのに。想像の2分の一ぐらい縮んだ想像の間取りと一致しない事に若干混乱したが、「体が大きくなったせいだな」と一人で納得する。
悲しいとゆうよりは、なんだか寂しい。
そして、不思議な既視感に襲われる。情景が何かと重なる様なイメージがする。
「………、…………?」
デジャブって奴だろうか?なんだか初めてきた気がしない、だがそれ以上疑問に思う所はなかった。
最後に一礼をしてその場を後にした。
しんみりとしながら首を捻るとゆう器用な事をしながら五分ぐらい、太い道路を目指して歩くと早速見えてきた。
隣の県との境にあるせいか、この街は太い道路が多い。新幹線は通っていないが大きめの駅もあるので都会と田舎がごちゃ混ぜになった様なしっくりこない街だ。
この道路もそのうちの一つだ。ちょうど街と田舎の境界線になっている。
こちらから見て向こう側には牛丼屋やシマ○ラが、田んぼだの畑だのを覆い隠す様に立ち並んでいる。
右手に見て、二つ目の交差点が件の事故現場とやらだろう。
こんな時間だと言うのに結構明るかった。目が慣れているからだろうか、それとも街灯と店から漏れ出る蛍光灯のせいだろうか?
車通りに関しては時間相応といった所、時々乗用車と僕を跳ねた様な大型トラックが通り過ぎるぐらい。
業務用スーパー前に到着、辺りを見回してみる。
そこは確かに、監視カメラと航空写真で見た通りの場所だった。試しに監視カメラに向かって手を振ってみる。恐らくアレだな、あのトラウマ映像を撮りやがったのは。
状況を整理しよう。四日前の今頃、俺はこの交差点でトラックに吹っ飛ばされた。だが何故か無傷、目が覚めると病院にいて事故の前後に関する記憶を失っていた。
そして更におかしなことに、世界中の人間の髪と目の色が二次元キャラみたいになっていた。
世界中だ、この街でもこの日本だけでもない。ネットには全て載っていた。これに関しては調べる前から大凡の検討はついていた。テニスの世界大会の中継映像を観た時に違和感に気づいた。選手ではなく観客席の方だ。
そもそもだが、俺は何をしていた?こんな時間に、当日の記憶はちゃんとある。しかし、布団に潜った後から記憶がない。
医者には睡眠時遊行症、つまり夢遊病の一種と診断されたがそれはどうだろうか?
夢遊病に関してはそれ程詳しくはないが、果たして、人は寝たままここまで歩く事ができるのだろうか?
あの日は両親が遅くまで起きていた筈だ。そんな中で着替えて靴を履いて、気付かれずに家を出ただと?
馬鹿な、今日と同じステップを踏んでも無理だ。もっと入念な計画と準備が必要になる。
それにここまで来るときに信号を二つほど跨いだが、そのどちらも車通りは少なくはなかった。
つまり俺はこの関門を寝たまま突破した事になる。もし仮にそれが偶然できたとしても、スター状態やマンデラエフェクトについては説明できない。
その点から夢遊病ではなく記憶喪失の線を疑ってはいるのだが、いずれにせよといた所。
まるで自分がもう一人いるかの様な出来事だ。薄気味悪いったらありゃしない。
考えろ、上妻有正。何か見落としてはいないか?
この時間にここまでたどり着いた理由。この場所に来た理由は? わざわざトラックに跳ねられに来たのか? あり得ない。自殺するならもっと簡単に、苦しまない様に死んでやるつもりだ。例えば練炭とか飛び降りとか
……………おっとっと話が逸れそうだ。
マンデラエフェクトが起きた理由。
病院に運ばれるまでにあったことといえば、白い乗用車に轢かれそうになってそれで……。
あった。あったぞ、見落としが。
もう一度、俺が跳ねられた方向を見やる。目の前の夜景にあの防犯カメラの映像をトレースする様に映し出してみた。
少し早送りで再生。四日前の今頃、俺はこの道を、家とは反対の方向から歩いてきた。そのまま跳ねられて隣の車線に投げ出されて、ここだ。
映像を一時停止する。
ちょうど白い乗用車が止まった所だ。確かあの映像の最後に運転席と助手席の扉が開いた様に見えた。
いるじゃないか、目撃者が。少なくとも二人以上いる。
誰だったのかは憶えていない、とゆうかわからない。自分はその時、伸びていた。
とにかくその連中には聞きたい事が沢山ある、あるのだが、
「捜して聞き出さなきゃって言ってもなぁ」
どうやって? 顔も名前も知らない相手を? 今こうして探し物をしているだけで手一杯なのにこれ以上どうしろと?
ってゆうか、
「そもそも捜す必要なくね?」
よく思い出せ、昨日の母さんの台詞を、『通報してくれた人ってご近所さんなんだって。今度お礼を言いに行こう』って言ってたじゃないか。
どうしよう、何もする事がなくなった。万事休す、これ以上ここに手がかりの様なものは見当たらない。何をどう見回しても下はアスファルト、上は電線と遠くを飛んでいる飛行機のランプだけ。
これと言って気になるものがない普通の真夜中の交差点。
今もこうして目の前を(当然此方からは確認できないが)眠そうな顔をしているだろうドライバーの運転するタクシーが通り過ぎていった。
今更思う。何やっているんだ俺は、こんな夜中に、何やってんだよ本当に。
左手の包帯をさする。冬明けの空気が冷たいが傷口はじんわりと熱を帯びている。瘡蓋ができ始めたばかりなので強く握ったりするとまだ痛む。
全く反省していない、テンションに乗せられていつも余計なことばかりしてしまう。俺の悪い癖だ。このまま帰ってしまったら、結果的にこの左手の二の舞って事になってしまう。それはなんか嫌だ。
だが此処にはもう何もない、右往左往しても時間の無駄だ。
スマホで時間を確認する。
十二時四十分を過ぎた頃。案外そこまで離れてはいない様だ。このまま気づかれないように家に帰るか、………そう思った時だ。
振り返ってもう一度頭の中の映像を道路の上に映し出す。
今度は車道でぶっ倒れている俺の所から逆再生をする。
場面はこの交差点に到着した直後、トラックに跳ねられる前だ。
ここに来るまで俺はどこで何をしていた?
夢遊病のくせにまるで完全に覚醒しているかの様な不可解な行動。
俺が現れたのは家から見て反対側の方角だった。
そしてこの道は小学校の頃の通学路。
俺は事故の直前まで小学校にいた………?
つまりそうゆう事なのではないのか?
俺は親の目を掻い潜ってまでも学校に行かなければいけない理由があって、家を抜け出していたのではないのか?
だからあの方角から現れた。そういえばこの道の先には学校以外俺に縁のある場所はなかった。
だがそれだけではわからない事がある。
途切れた記憶の最後が布団の中だった事、あの時の自分は完全に寝る予定だった。
そもそも、小学校とこのマンデラエフェクトに何の関係性があると言うのだ?
事故で「それ」に関する記憶だけがぶっ飛んでいるにしてはご都合主義が過ぎる。
「あぁ〜もう、頭がこんがらがる」
一休さんの様に側頭部を指で突いたりしてみるが、これ以上何も思い浮かばない。
だが、手がかりは見つかった。今調べられる事ははこれしかない。小学校のある方角を睨みつける。
「少し寄り道していくか」
時計をもう一度確認して、僕は街灯の少ない田舎の方へ歩き出す。
本当に、ただの寄り道のつもりだった。
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