廃校編 第3話

 『マンデラエフェクト』とゆう現象をご存知だろうか?

 南アフリカにネルソン・マンデラ氏、とゆう大統領がいた。マンデラ氏は人種差別、所謂ところのアパルトヘイトを終結させたとしてノーベル平和賞を受け取った人物である。

 彼は2013年に亡くなったが、その当時、奇妙な噂が流れたのだ。

 曰く、「マンデラ大統領は1980年にはすでに亡くなっていた」「彼は獄中で死んだ」と大勢の人々がそう口にした。

 これは事実ではない。がしかし、何百人、何千人ものの人間がその事実とは異なる記憶を有していたのだ。

 この怪事件はすぐさまネットで話題を呼び、いつの間にかこの発端となった人物の名を取ってこう呼ばれたのだ。

 マンデラ効果(エフェクト) と。



 この他にもマンデラエフェクトには様々な例が挙げられる。例えば、「ピカチュウの尻尾には黒い模様が入っていた」とか「ケネディ大統領が乗っていたオープンカーは四人乗りだった」等様々ある。


 このように、実際には起こっていない、しかし大勢の人物が異なる記憶を持っている現象を指す言葉であるが、もしも、大勢ではなく一個人が、たった一人が周りとは違う記憶を持っていて、それを公言していた場合、どうなるだろうか?


 俺の場合はこうだ。







「有正、もう一回病院に行こう? あんたかなりヤバイよ⁉︎」


 自室の扉越しに母が怒鳴るように言い放った。因みに扉には椅子でつっかえ棒をしているので誰も入れない。いくらドアノブをガチャガチャさせても無駄。

 俺はと言うとベットに寝そべって包帯でぐるぐる巻きにした左手を眺めていた。

 こうして見るとなかなか良いセンスだな。なんて言うか、厨二心をくすぐる。

「クッ、この俺の左手が疼く」なんつって。


「おとーさーん‼︎大変、有正が遂にそっち方面に覚醒しちゃった!!?」

「もう放っておきなさい、後で我に帰るさ」

 違う、違うそうじゃない。そうゆう意味じゃないんだ誤解だ。今のナシ。

 ってゆうか、俺から見たらあんたらの方がよっぽど変だから。


 事は十分前ほどに遡る。


 例の実験() に失敗した俺は慌てて一階に降りた。キッチンの横の戸棚に救急箱があるのを知っていたからだ。そもそも引越し作業中に置いたのが俺だった。

 血をボタボタと垂らしながら階段を駆け下り、キッチンへ。

 タオルで傷口を圧迫して左手を心臓よりも高い位置へ置き、もう片方の手で救急箱から消毒液とガーゼ、包帯を取り出す。

 血で真っ赤になったタオルを解き傷口を見る。よかった、そこまでは深くないらしい。だけど結構バッサリとやっちゃったからかなり目立つ。気を抜くとまた血が溢れてきそうだ。

 いやはや、こんな所を誰かに見られたら流石にヤバイ……よ…………な。


 振り返るとそこには絶句した母さんがいた。恐らくは寝起き。髪はボサボサのパジャマ姿。そんな母さんが俺を凝視しながら突っ立っていた。

 正直、心臓が止まるかと思った。だがそれはたぶん相手も同じだ。

 そりゃ驚くだろう。休日だからって遅めに起きたらキッチンに血塗れの息子がいるのだから。


 俺は何事もなかったように変えのガーゼと消毒液、包帯を一巻き抱え……全力で撤退。 今度は階段を母さんに追われながら駆け上がる。何も言わずに目を見開きながら追ってくる母さんは軽くホラーだった。

 部屋に入り即座に椅子でつっかえ棒をする。ドアノブがガチャガチャと音を立てるが気にしない。

 消毒液でガーゼを濡らして傷に当てがい、その上から包帯で簀巻きにして応急処置は完了。けっこう染みる。

 そして今に至る。

 

 客観的に見て、確かに自分の行動はイカれていたと自覚している。

 親から見れば、たった二日前に大型トラックに跳ねられて(無傷で帰ってきた) 息子が朝っぱらから流血沙汰を起こしていたのだから。普通だったら頭を打っておかしくなった奴にしか見えない。

 でも言い訳をさせてくれ。

 確かに、自分を超能力者と勘違いしてカッターナイフで切りつけた事は、かなり反省している。できればあの時の自分を思いっきりぶん殴ってやりたい。いや、切りつけてやりたい。 

 

 さて、慌てて逃げ込んだはいいが、どうしよう……、本当にどうしよう。頭を抱える。

 やっちまった、やばい、何故か死ぬほど恥ずかしい。みっともない。

 でもだ、この状況もおかしいだろう?

 俺だって「こんな事」さえなければ自傷行為なんてしなかったさ。「こんな事」さえなければ自分が超能力を使って悪い奴と戦うような妄想なんてしなかったさ……、いつもしてるけど。

 スーパーヒーローになりたくて何が悪い、アイツら…特にス○イダーマンなんて別に努力してあんな能力を身に付けたわけではないだろう? 蜘蛛に噛まれただけだ。

 異世界転生物の主人公だってそうだ。アイツらも俺みたいにトラックに跳ねられるなり、不思議な本を開くなり、通り魔に刺されるなりして、転生ないし転移を果たすんだよ。

 

 あとは……さ、好き勝手に無双して、冒険して可愛い女の子いっぱいで、好きな事をやりまくって、みんな仲良く暮らしましたチャンチャンで終わり。

 なんて羨ましいんだろう。

 学校に行っても嫌な奴ばっかりでさ、家にいてもあんまりあの人達とは仲良くないし、別に得意なことも何にもない。楽人と違って賞を貰った事もない。そして努力が大嫌いだ。


 現実なんて糞食らえだ。確かに、広い目で見れば俺なんてまだマシな方さ、世の中には家も食べ物も家族も無い人が何千、何万人もいる中で俺ほど恵まれた奴なんて早々居ないもんだ。

 でも俺は欲張りなんだ。安心が欲しい、冒険が欲しい、でも努力も苦労もしたくない。

 逃げたくてもそうにはいかない。ニートになんかなりたくない。あの人達のスネを齧って生きていくなんて死んでも御免だ。

 死にたくもない。自殺なんてもっての外だ。小〜中と、かなりエグい虐めを受けてきたけどそれだけはしなかった。なんて事ない、俺は死ぬのも嫌なんだ。

 どうせ、今度入る高校だって前と同じだ。

 

 何事もなく、ただボヤッと過ごして、

 何にもなく、ただの高校生として過ごすんだ。

 

 でもそれでも十分だって思っちゃったりして、虐められないだけでもマシだって。一人の方が異世界転生系のラノベを楽しめるって。そんな風に思いながら画面の向こう側の奴らを指加えて眺めたって何も悪くないじゃないか。

 

 それでさ、今回の件だよ。

 あんだけ焦がれてきたのにこれかよ、

 去年の俺の七夕の願いを知っているか⁉︎ 

 サンタさんに何をお願いしたか知っているか⁉︎

 今年の初詣で何を願ったか知っているか⁉︎


『異世界転生チートハーレム』だよド畜生め、あと家族の健康‼︎

 いきなりこんな事になったらさ、

「あぁ、やっと俺も巻き込まれ系主人公の仲間入りか〜やれやれ」って思っても仕方ないじゃん。舞い上がっても仕方ないじゃん。

 ふざけやがってこの野郎。

 訳の分からない怒りが込み上げてきた。

 今朝の理解できない物に対する恐怖は何処へやら、今度は、カッと頭が熱くなる。

 もう一度言う、ふざけやがってこの野郎。

 よくもこの俺に期待だけさせやがったなこの二次元めが。俺を誰だと思ってやがる? 実の弟も煙たがる異世界中毒の俄(にわか)ヲタクとは俺のことだ馬鹿野郎、この野郎。

 そっちから来たんだ、やってやろじゃねぇかこの野郎。


 よくも恥を掻かせてくれたな、二次元め。

 今度は俺の番だ、いいだろう。チート能力なんかお預け上等。絶対にこの謎を解き明かしてやる‼︎

 こうして俺は決意を固めた。拳を握り机に喝を入れるように叩きつけた。

 ………血がいっぱい出てきた。また傷が開いたみたい。

「ギャアアああああ」

 

 

 

 その後、なんとかして傷を(気合いで) 塞ぎ、またスマホで情報収集に明け暮れた。

 そんなこんなで気がつく頃には部屋は暗くなっており、デジタル置き時計には6時半と表示されていた。もう夕食時だ。

 俺はジンジンと痛む左手を摩りながら一階に降り、食卓へ向かった。

 食卓では既に俺以外の家族が夕食を突いていた。今日のオカズは回鍋肉らしい。

 何事もなかったかのように混ざりたいが、そうにもいかないようだ。

 

 俺の熱く、硬い決意に反して家族達……、家族共はあまり歓迎ムードではないみたい。実に冷ややかだ。

 まず、俺以外の連中がちゃんとご飯、味噌汁、オカズの三皿にコップまでついているのに対して、なんと俺には山盛りの米一杯。頂上には真っ直ぐに割り箸がブッ刺さっている。

 

 楽人は気まずそうにモソモソと米を咀嚼し、父はテレビの方を眺めて何も掴んでいない箸を皿と口の間で往復させている。よく見ると玉のような汗を浮かべている。

 問題は母さんだ。さっきから俺を追ってきた時の表情のまま微動だにしない。超怖い、めちゃくちゃ怖い。お前らなんか喋れよ。

 

 取り敢えず、いただきますをして割り箸を綺麗に割る(俺の特技) 。出来るだけ母の方を視界から外してテレビを見る。例の交通事故やら失踪事件やらのニュースだ。どうしてこんな時に限ってそんな物騒な話題なんだよ。食レポとか可愛い動物特集とかでいいだろ。お父さんチャンネル変えて、お願い頼むから。

 やべぇ、米に味を感じない。こんな不味いお米を食べたのは初めてだ。

 

 どうしよう、やっぱり謝った方がいいのかな? いや、そうしよう。なんかさっきから楽人がチラチラこっち見てるし、「さっさと謝って逝け」って電波送ってるし。

 か…覚悟を決めろ上妻有正。謝って、事情を話して一件落着。後はいつも通りの家族団欒としようじゃないか。

「あの、お母さん」


 ギョロ

 

 やべぇこっち見た。あの表情のまま目だけこっちに向けた

 怖えぇよ。やめてお願い謝るからこっち見ないで。

「………………」ドキドキ

「………………」ゴゴゴゴゴゴ

「あ、あ〜俺も回鍋肉食べたいな〜なんて」

 母さんは何も言わず席を立ち、キッチンの方へ消えていった。謎の迫力が消えた代わりに今度は正面から光線の様な殺気を感じる。

 見るとそこには今にもキレ散らかしそうな自慢の弟が、お箸を逆手に持ち、こちらを睨み付けている。よく見ると、父も反復運動していた腕を止めている。こちらから表情が見えない分、余計怖い。

 ごめんなさい。本当にごめんなさい。

 ちょっとすると、背後から音も無く母が現れる。

 そして、ゴトっと丸皿を俺の目の前に置く。

 丸皿には山盛りの回鍋肉が盛られていた。ただし、肉抜きの。タレが絡んだキャベツとピーマンの優しい緑色が、今は目に痛い。

 

「………カウボー○ビバップかよ、」

 思わずそう口にしてしまったのが悪かった。

 あまりの緊張に当てられたせいか、おかしな事を口走ってしまった。慌てて口を覆う。

 空気が張り詰める。回鍋肉の湯気が冷たく感じる。三方向からチクチクと、殺気と怒気をはらんだ何かを感じる。


 後は何も言うまい。

 渾身のジャンピング土下座でなんとかその場を切り抜けた。

 その後、自分の掌の傷は誤って切ってしまっただけだと弁明(嘘) し、誤解があった。自分も混乱していたと話したらなんとかなった。

 その代わり、学校が始まるまでの当分、外出禁止を言い渡され、俺の血であちこち汚れた新居のお掃除をする事になった。

 



 階段にこびり付いて固まった赤黒い汚れを、濡れた布巾で剥がしながら思う。

 これは不味い事になった、と。

 何故なら俺にはとあるプランがあるのだ。

 その為には外に出る事が前提条件だ。

 しかし、「外に行きたい」と言いかけたら、母がまたあの表情に戻りかけたので困った。

 本当に、いろいろ困った。

 

 

 このマンデラエフェクトの謎を解く鍵は、やはりあの事故にあると思う。

 結局、俺にはなんの超能力は無い様だ。今もこうやって頭の中で空を飛ぶイメージをしてみたり、フローリングに引っ付いて離れない血の塊を消し飛ばす念を送ってみたりしているが、何も起きない。

 だが、これで「実は異世界転生していた」説を破棄してしまうのには、些か状況証拠が多すぎる。

 ネットの情報も案外当てにならない。どの記事を開いても核心を突くような内容は出てこない。オカルト板や、その他まとめサイト。陰謀論系ブログやら宗教法人のホームページを開いてもハズレばかり。

 なのでこの際、足で稼いでみようと思う訳だ。具体的には、実際に事故現場まで行ってみようって事。

 

 確かに、十日後には新しい学校が始まる。しかしそれまでこの家の中ですし詰めにされるのは御免被る。それに何か、証拠のようなものが消えてしまうかもしれない。

 本音を言えば、今夜にでも出発してしまいたい。だがそれは無理そうだ。なんせあんな事があったばかりだ、次は大目玉じゃ済まないだろう。この十日以内にしてもだ。

 

 だから、決行は明日の深夜だ。明日は両親も弟も特に用事はない。寧ろ明後日は仕事があるので早く寝てしまうだろう。それを狙う。

 楽人も、明日は某ピクサーの3Dアニメの再放送があるのでその頃にはグッスリと床についていると見た。

 

 掃除が一通り終わると時刻は既に9時を過ぎた頃。楽人はもう部屋に入ったらしい。

 父さんと母さんはリビングでお酒を片手に団欒している。これからは大人の時間らしい。


 やれやれ明日が楽しみだ。眠い。



 翌日、目が覚めると早速昨日と同じようにランニングの娘を見下ろし、顔を洗い、歯を磨いた。

 けったいな内容のニュースと朝のコーヒーを嗜む白菜頭を横目にカップ麺を啜り、流れるような動きで後片付けをして自室に戻る。


 ベッドの上に身を投げ出し、少し目を閉じる。………よし。

 

 鞄の中から父のお下がりのiPad を取り出してグーグルマップを開く。『✖️✖️県 釜ヶ崎市』と検索して画像を航空写真に切り替える。

 この辺りは海から少し遠く、基本的には平野だが、写真にも解るようにチラホラと丘のような、山のような森が見受けられる。

 以前はその辺りに住んでいた。


 今写っているのは、ここから離れたところにある釜ヶ崎駅の真上。そこから病院→警察署→と辿って今居る自宅へ。

 画像を拡大。

 俺が今探しているのは例の事故現場。ここからの道のりと距離を測るためだ。

 

 目的の交差点は意外と早めに見つかった。太い道路、業務用の大型スーパーと絞り込んだらあっさりだった。そこまで遠くはない。 この家から歩いて二〜三十分といったところか、いや少し遠いか?

 それでも充分徒歩で行き来できる距離だ、行って帰ってくるだけならなんら問題はないだろう。


 ………しかしなんだろうこの違和感、いや、既視感か? デジャブってやつ?

 どっかで見たことあるような?この景色。

 

 まぁ、行ってみれば解るだろう。作戦決行は今夜だ、抜かりはない。気合を入れていけ。

 

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