廃校編 第2話

清々しい目覚めだ。さすが春休み、目覚まし時計のない朝ほど気持ちの良いものはない。布団の中で暫くボーッとしてからスマホを弄る。今日は平日、時刻は七時ちょっと過ぎ。俺にしてはなかなか早起きなのではないだろうか。

 それに起きたばかりなのにお目目ぱっちり、歌でも歌いたくなるようないい気分だ。

 

 ベッドの上から部屋をグルリと見回す。

 ここは病院じゃない。新居の二階、階段を登ってから一番奥の角部屋。ついでに言うとトイレの目の前。

 十畳ぐらいの部屋に、ベッドがあって、机と椅子があって、と普通の部屋だ。

 強いて言うなら引っ越したばかりなもんで、まだ物が少ない事ぐらいだろうか? それでも本棚の中身は充実している。七割が異世界転生物のラノベだが。

 カーテンと窓を閉め切り、まだ四月の初めとゆうこともあり部屋の中は薄暗く、ひんやりとしている。カーテンの隙間から漏れ出す朝日に空中を舞う埃がチラチラと反射している。

 思考が鮮明になっていく中、昨日の事を思い出す。

 確か、病院で目が覚めて、トラックに跳ねられて無傷だったって聞かされて、医者と警察にからかわれて、頭髪のイカれた父親とキムチ鍋を突いたような……

 

 うん、夢だな。

 

 なんだ夢か、そりゃそうだ。どう考えたって夢に決まってるじゃないかこんな事。いやね、俺だってこんな出来事に巻き込まれたらすげー楽しいと思うよ、実際ちょっと残念に思ったりしてるもん。「あーあ夢落ちかよ」って思っちゃったりしているもん。

 それにしてもリアルな夢だったな。あの防犯カメラの映像なんか特…に……

 

 いや、夢で良かった。あんなのがマジであったらゾッとしない。

 何故か鮮明に思い出せる。実際に跳ねられた記憶は無いが、あの映像に写っていた人物が何故か他人とは思えない。

 人間が弧を描きながら飛んでいくなんて漫画やアニメではしょっちゅうあるのに、ああゆう風に見るとかなりショッキングな物だ。

 いやいや、結局夢だったんだからいいじゃないか。別に実際起こり得ないってゆうほどでは無いけれど、この通り五体満足。どこもぐじゃあってなってない。

 夢落ち万歳。

 

 さて朝の支度だ。カーテンを開けろ、顔を洗って歯を磨け。朝飯はカップラーメンだ。

 今日は何にしようかな? 味噌なんてどうだろう、いや、シーフードも捨てがたい。

 

「あ〜た〜らしーい朝が来た♪ ご開帳!」

 カーテンを開けると、まず目に飛び込んでくるのはギリギリ二車線分ほどの幅をなんとか保った道路。そしてうちの玄関から見て正面に向かいの家の表札が見える。少し遠くて見えづらいが、田村さんって言うらしい。引っ越し蕎麦を一昨日届けに行った。いや、昨日か?

 雲が若干多いが晴れてはいる。雀の鳴き声が聞こえる。所謂ところの朝チュンってやつか? どうだろ。

 

 そしてそのなんの変哲のない朝の住宅街に現れたのはジャージ姿の女の子。俺から見て右から左へ走り去っていった。可愛いな。

 上下とも同じデザインの赤い生地に白い三本線の入った典型的なやつ、足元はおそらくナイキだろう。

 短めの、薄い桃色の髪が靡いていたのが印象的だった。

 

「……………」

 

 いや気のせいだ。きっとそうゆう色の帽子を被っていたのだろう。おかしいなひょっとしてまだ寝惚けているのか? それなら早く顔を洗ったほうが良いな、いやそうしよう。

 

 部屋から逃げるように出る。階段を降りて洗面所へ、蛇口を全開にして水で顔を思いっきり叩く。乱暴に歯を磨いて痰の混じった唾を吐き捨てる。うんスッキリ。

 

 鏡の中の自分を覗き込む。特に変わったところはない。髪も瞳も、面白味のない色をしている。顔立ちも、普通…未満。これから一生付き合っていくと考えると憂鬱になるような顔面偏差値、とも言えず。可もなく、どちらかと言うと不可に偏ったいつも通りの顔。

 付け足すことがあるとすれば、最近ブツブツが増えてきて俺の数あるコンプレックスに拍車を掛けているとゆうことぐらい。

 試しにあちこちを引っ張ったり叩いてみる。が、何も出ない。当然か、俺自身に変わったところはない。

 角や尻尾が生えているわけでもないし、片手に令呪が浮かび上がってるわけでもない。

 試しにポーズを取ってみる。

「上妻有正が命ずる! 貴様らは死ね「何やってるの有正」んギャアアあああ!?!?」

 

 振り返るとそこにはうちの自慢の弟が、かわいそうな人を見るような目でこっちを見ていた。

「いつから見てたの?」

「カミズマアリマサが…」

「もういいやめて」

 顔を覆って悶絶する兄を他所に、歯磨きを始める我が弟、楽人。年齢十一歳。

 僕とは違ってイケメンさん。前の小学校でもモテモテだったらしい。恨めしいな。皮剥いでやろうか?

 最近になって反抗期に入ったせいか嫌に俺に冷たい。

 ちなみに、ギアスは発動しなかった。

 

 洗面所の居心地が最悪なので取り敢えず居間へ退散。

 戸棚からカップヌードルのチリトマトを引っ張り出してケトルの電源を入れる。

 お湯が沸くのを待っている間、暇なのでテレビをつける。

 ソファにどっかりと腰を下ろし画面と睨めっこ。映ったのはニュース番組。内容はとゆうと、

 『近年、増加傾向にある中高生の失踪と自殺に関連性が』『先日、A市で発生した〇〇高校三年二組消失事件に新たな進展が』『今月に入ってから全国における交通事故による被害者は増加の一途を辿っており、国土交通省にて本日、専門家会議を開く予定です』

 とまあこんな感じに聴き慣れない物騒な内容を紫色の髪をしたキャスターがつらつらと読み進める。

 番組表を確認してみるがこれであっている。ビデオレコーダーも電源が付いていないのでドッキリでもない。

 ポカーンとしていると、「カチッ」と音がした。キッチンを見ると。電気ケトルから、もくもくと湯気を上がっている。

 取り敢えずチリトマトにお湯を注いでフォークで重しをする。そしてチャンネルを切り替える。料理番組→スポーツ解説→ニュース番組→N〇K 、どれに切り替えてもそれぞれ突っ込みどころが多すぎる。

 

 いやまさか、そのまさか。

 

 テレビの画面に釘付けになっていると背後に気配、弟のそれではない。もっと大きい方、お母さんでもない。あの人はまだ寝ている筈だ。

「おい、このチリトマト伸びてるぞ。食わないのか?」父さんだ。

 返事しないわけにもいかない。かと言って今振り返りたくもない。「おーい返事しろ」

 ……仕方がない、覚悟を決めろ上妻有正。

 

 恐る恐る振り返ると、そこには予想通り白菜のオバケに呪われたみたいな頭をした、うちのお父さんがいた。

 

「あっ、うん食べるから…食べるよぉ。わーいチリトマトだー」(棒)

「大丈夫か?」


 お互い様だろ。



 チリトマトを咽せながら平らげて、部屋に逃げ込んだ。それからは布団に急速潜航して昨日のことを思い出す。

 すると出るわ出るわ昨日の記憶。芋づる式に、ボロボロと人生史上最も濃かったであろう昨日の一部始終を思い出した。


(夢じゃなかった、現実? うそーん)


 一体何が起きている?

 車に轢かれた?いやトラックか?

 なんで色違いになった?

 なんで目の色?髪の色?

 なんでお父さんが?

 なんで誰も気にしない?

 どうして自分だけ?


 …………………………………、


「落ち着け、いったん落ち着け上妻有正。まず落ち着いて、気持ちと現状を整理しよう」

 そうは言葉で言ってみるが実際は難しい。足も言葉もガタガタ震えてまともじゃない。別に怖いって訳ではない(ちょっと怖い) が、何故か震えが止まらない。武者震い? 少し違う。とにかく今、かなり興奮している。

 結局、手足の震えが止まるまで布団の中でダンゴムシのようになっていた。

 

 暫くして、落ち着きを取り戻した俺はスマホに手を伸ばした。ホーム画面からメモのアプリを開く。今まで一度も起動したことがないが、今はこれに頼らなければ。

 まずはこの異常な出来事について、今知っていることを出来るだけまとめなくては。

 アプリのチュートリアルを全て飛ばしていくつかファイルを作成。その中の一つに「異常事態」と記入する。

 

 一つ、自分は大型トラックに跳ねられたらしい。だけれど自分は文字通り無傷。その上事故そのものの記憶はない。

 監視カメラに映っていた人物は確かに自分。トラックは今も逃走中。それと、関係ないかもだけれど、最近事故が多いらしい。

 二つ、いろんな人の髪の毛と目の色が変わってしまった。だけれど誰も気にしていない。寧ろそれが普通であるかのように振る舞っている。自分にはそういった変化はない。

 三つ、前の二つと含めて俺自身の記憶と明らかに違うことが現実に起きている。テレビニュースにもあったような、『一クラスまるごと失踪』なんて香ばしい内容の事件なんかを俺が見逃すはずがない。テレビだっていつも見ているわけではないが、そんな大事件がネットに上がってないわけがない。

 

 度し難い、なんなんだこれ。改めて見てみると色々おかしい。

 やはり原因はあの事故か? そうとしか思えないが、あまりにも現実離れしすぎている。これじゃあまるで………「漫画の中?」

 

 ふと、我に帰る。今度は逆に自分でもビックリするぐらい落ち着いてきた。

 手足は震えず、息も乱さず、スマホを握ったままアルマジロのように布団の中で膝を抱える。

 もう一度、画面の内容を確認する。そういえばそうだ、漫画の中身に入ってしまっようだ。しかし現実に起こっている。

 そもそも髪の色が変わったのは何故だ?なんで髪と瞳なんだ? いつから? 俺が事故った直後か? それとも今まで僕が気付いてなかっただけで元々ウチの父親は野菜の化身だった?

 だったらあの事故は何なんだ?なんで僕は無傷だったんだ?あの映像を見る限り、普通であれば死んでいる筈だ。

 

 考えろ上妻有正、どうすればいい?

 


 そこからは全くの手探り状態だった。

 まずはネットでの情報収集。試しに『髪の色 変化』で検索。ハズレ、Amezonの染髪スプレーのレビューが出てきた。

 次は『目の色 髪の色 変わる いつから』で検索をかける。これもハズレ、今度はコスプレイベントの案内が出てきた。あ、このキャラ知ってるー。

 そして次に『髪の毛の色 色々 何故? くそったれ』で検索……、ヒット。

 タフーの知恵袋の記事だ。

 

『Q 素朴な疑問です。なんで髪の毛や瞳の色は人によって変わるのですか?

 A それはメラニン色素の量と種類の違いによるものです。

(中略)

 しかし、そういった環境に適応していく中で、何故一部の哺乳類にもそういった傾向が残ったまま進化を遂げたのかは未だに謎が多いようです。 』

 

 簡単にまとめれば、「よくわからない」とのこと。しかし、俺には分かったことが一つある。ズバリ、この異変は俺が事故にあった日よりも、ずっと前から起こっていたことだ。

 つまり、これは俺の記憶違いではない。俺の覚えている事と実際に違うことが起きている。

 

 知恵袋以外にも、様々な記事をあらってみる。去年の記事だ、

 『俳優のロック岩山さん。撮影先の山中で行方不明。』こんな記事は知らない。

 おかしい、ロック岩山と言えば、ついこの前もドラマに出ていた筈だ。覚えてるぞ、確かヒロインが連れ攫われる回だった。

 だがこの記事では行方不明が原因でその回はおろか番組そのものが打ち切りになったそうだ。

 だけど俺は覚えている。その回でロックがラストで転けそうになってヒロイン役のアドリブでカバーされたシーンを、よく覚えている。

 

 他にも何かないかと、今度はスマホの写真を開いてみる。

 案の定、とんでもないことになっていた。

 俺の行ったことのない場所、見たことのない物、食べたことのないラーメンを啜るウチの弟。身に覚えのない画像で溢れていた。

 お父さんの頭も、当然のように取り憑かれていた。

「何なんだよこれ」

 画面をスワイプしながら思わず呟く。せっかく落ち着いてきたとゆうのに、早速クラクラしてきた。正直、気味が悪い。

 

 でも何故だろう、ワクワクする。

 昨日から続くこの異常な出来事に圧倒されておかしくなっているのかもしれない。気分は最悪、さっきから、寒くないのに震えが止まらない。頭の中がグジャグジャする。チリトマトを戻してしまいそうだ。

 でも何故だろう。変な高揚感を感じる。嬉しいとかワクワクが止まらない。

 そしてこの高揚感が俺の思考回路をさらに加速させた。

 

 

 布団の中でピクリともせずに長考する。今知っている情報とこれまで蓄積してきた二次元的な「前例」、そして足りない脳味噌を総動員して思考を組み立てていく。

 

 自分の記憶と違うことが起きている。でもこれは恐らく「シ○タゲ」や「○街」のようなタイムリープ物じゃない。

 変わった事といえば周りの人間がやたらとカラフルになったことぐらいだ。

 原因は十中八九あの事故。でも何がきっかけなのかがわからない。普通、主人公がトラックに轢かれたら異世界転生するか超能力に目覚めるかのどっちかだ。それこそ、「亜○」とか「こ○すば」とか「転ス○」みたいに。いや、転スラは通り魔か。

 

 ひらめいた……………⁉︎ 

 つまりこうゆうことではないのか?

 

 実は異世界転生しちゃった説。

 …………ふざけてはいない、大真面目だ。

 

 最近流行りの異世界転生物のラノベにありがちな展開。僕はあの時トラックに轢かれて死んだんだ。それで「剣と魔法のファンタジー異世界」ではなく「イカれた髪色がわんさかいるローファンタジー系異世界」に転移したんじゃないのか!?

 これなら轢かれても無傷だった事にも説明がつく。

 大抵、異世界転生といったら主人公が色々な原因で現代日本で死ぬ。目が覚めるとそこは異世界で、何故かその世界でも最強クラスの超能力も身についているんだ。

 つまり、俺が無傷だったのも、この「チート能力」の影響なのでは?

 例えば「物理攻撃無効」とか「超再生能力」とか。なにそれカッコいい。



 試してみたい。

 そう思い立ち、布団からモゾモゾと這い出る。勉強机へ向かい引き出しを開け、文房具でごちゃついた中からカッターナイフを取り出す。

 俺の説が正しければ、例えこれで切りつけても傷がつかないか、すぐに再生するかのどちらかだ。

 ちょっと怖いが関係ないさ、だって俺は転生者だぜ。トラックに跳ねられてもかすり傷一つなかったんだ。つまり俺は無敵。

 チキチキチキチキチキ……

 特徴的な音を立てて、黄色い樹脂のカバーから鋭い刃がギラリと顔を出す。引越し前に買った新品だ。横面に俺の顔が映る。

 一瞬、背筋が凍った。嫌な汗が額から噴き出す。ゴクリ。

 

 カッターナイフを右手に持ち、刃を左の掌に押し当てる。そして深呼吸。

 大丈夫だ上妻有正、やってからのお楽しみだぜ。さあ、いざ!

 

 そして俺は、勢いよくカッターの刃を引き抜いて………、

 

「ギャアアああ痛ってええええええ!!?」

 このザマだった。本日二回目の絶叫。

 

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