思いもかけぬ
お互いの簡単な近況報告会をした後、
同級生の誰が結婚しただの離婚しただの、
そんな話を麻衣から延々と聞かされていた。
尤も、私は料理とお酒に夢中で、ほとんど麻衣の話は聞いてなかった気がする。
「だからさー。
ね、明日香聞いてる?
本当あんた昔から食べるの遅いよね」
この台詞ももう5回目だろうか。
確かに私は食べるのは早くない。
が、麻衣は早すぎるのだ。
恭ちゃんの手にかかると、
なんの変哲もない野菜や魚、お肉がこんな素晴らしいスペシャリテになる。
もちろん彼の事だ。
使っている素材も、素晴らしいものばかりだろうが。
それを10秒チャージのゼリー飲料のように吸い込むなんて。
「うん、ごめんごめん、急いで食べるね」
と言いながら全く急ぐ気のない私に冷たい視線を送る麻衣の顔が、突然固まった。
「あ、あ…明日香、後ろ向いちゃダメ」
「え、なに?」
条件反射のように振り返ると、
そこには、失礼ながらあまりこの店に似つかわしくない男性4人組が居た。
私は彼らを知っている。
◇◆
色白でぽっちゃりしているのは山村。
信金に勤めてるって言ってたっけ。
色が黒くて頭頂部が寂しくなってきているのは三浦。
地場の企業で働きながら、出身校のサッカーのコーチをやってるはずだ。
頭の上から足の先までブランド物で固めてる、バブル期の遺産のようなビール腹の小柄な男が、小池。
親の墓石屋を継いだとかなんとか。
そして、眼鏡をかけて穏やかに微笑んでいる長身の…林 拓馬だ。
「タイミング最高」の原さんが、私たちの隣の席に彼らを案内してくる。そりゃそうだ。
時刻はもう14時を回ったと言うのに、席はそこしか空いてないんだもの。
急に何の味も匂いも感じなくなった。
恭ちゃんの作り出す最高のお料理が、
ずいぶん長い間、口の中で噛み続けたガムのようになってしまった。
◇◆
「あれ?麻衣?
っつーことは、こっちのデカくて気取った女は明日香かぁぁ!!」
「うぉー!久しぶりやん明日香!いつ帰って来たん?連絡せーや!よかったなぁ拓馬」
「うお。明日香、昼間っからワインかよ。気取ってんな〜都会の女は違うね〜」
「お、ひ、久しぶり。うーん。どうかな。私は都会ぶってる女だから、本物の都会の女とは違うと思うよ。」
しどろもどろで答える私に
「いや、明日香。取り上げるところ、そこじゃないわ。ないんだわ。」
と、麻衣が頭を抱えている。
そう言いながら、そっと私に水を入れたグラスを差し出してくれるあたり、麻衣は「タイミング最高」の女だ。
「拓馬、せっかくやから明日香に一番近い席行けや〜こんなチャンスないで」
と囃し立てられて、困った顔をして笑っている拓馬に
「林くんも。久しぶりだね!お元気そうだね。」と声をかけた。
私は上手く笑えただろうか。
異変を察知した恭ちゃんが出てきて、瞬時に何かを理解したのだろう。
麻衣に席を替えようかと、小さな声で聞いてくれたけれど、現在、この店内には、生憎、そう簡単に変われそうな席は見つけられない。
もう食事を続ける気にはならなかった。
ちょうどメインは終わったところだし、チーズはキャンセルして純ちゃんのデザートをお願いすることにした。
本当なら、この後は、恭ちゃんのとっておきのワインとチーズのマリアージュを愉しむはずだったのだけれど。
酔いは覚めたけれど、水とホットコーヒーをお願いした。
純ちゃんのデザートは紅茶と頂くのが好きだけど、今日はブラックコーヒーでガツンと自分を奮い立たせなければいけない気がしたのだ。
◇◆
さっきまで何とも思わなかったけれど、なんだか空調が効きすぎてる気がして。
鞄に入ってるカーディガンとストールを取り出した。
シワにならないMARIHAのノースリーブのマキシワンピースに、フェラガモのウエッジソールのサンダル。
夏の長時間の移動には最高の組み合わせなのだけれど、この街でそんな格好をしていると、どうやら気取った都会の女に見られる。
つまり、浮いてしまうらしいことにようやく気付いた。
「ようこそ小池様。いつもご来店ありがとうございます」
恭ちゃんが他所行きの顔で挨拶すると
「ごめんな都築くん無理言うて。こいつら中学の同級生や。こんな店とは縁がない奴らやねんけどな。今日はメシはもう食うて来てんけど、ええ感じの酒と、なんかつまめそうなん持って来てくれるか?」
小池がキンキラキンのロレックスをひけらかすように左手で頬杖をつきながら、指示した。
恭しくお辞儀をした恭ちゃんが心配そうな顔でこちらを一瞥したが、私が笑顔を返したのを見て、彼は厨房に戻って行った。
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