ただいま

「あっつ。」



空調の効きすぎた車内から、ホームに降り立った瞬間、湿度の高い熱気が私を包む。


新幹線を降りた後、特急に乗って90分。ようやく辿り着いた実家の最寄り駅。



RIMOWAのスーツケースを引きながら、有人改札を通る為の列に並ぶ。



新大阪は確かに現代だったので、この90分でタイムスリップしたのではないかと、一瞬、戸惑いを覚えるほどにこの街は変わらない。



「おかえりなさい」

若い駅員に声をかけられる。


「ありがとう、ただいま」

切符を手渡しながら、ふっと頬が緩んでしまった。



改札を出て駅前のロータリーに向かう。


私が中学生の頃に改装したこの駅は、田舎の割には綺麗な駅舎で、駅前のロータリーにはタクシー乗り場やバス停なども整備されていて、一見、栄えているようにも見える。


けれど実家方面に向かうバスは1時間に1本だし、特急が着く時間にも関わらず、乗り場には1台もタクシーは停まっていない。


栄えていそうなのは見かけだけだ。



そこに1台の黒い軽自動車が入ってきた。


小さな身体に似合わない、強そうな顔をしているその黒い車の運転席の窓が開き


「明日香ー!おかえりー!!おそくなってごめーん」

と、私を呼ぶ声がした。



声の主、麻衣は中学高校と6年間を共に過ごした友人だ。



怖い顔をした、黒い車のトランクルームにスーツケースをねじ込んで、助手席に座る。


「ごめんね、忙しいのに。いつもお迎え来てもらって。」


このキツいルームフレグランスだけ、なんとかして欲しいなと思うのだけどタクシー代わりに来てもらっている以上、ワガママは言えない。



◇◆


車が走り出して異変に気がついた。


後部座席のチャイルドシートにお利口さんに座っているはずの、麻衣の息子がいない。



「あれ?たっくんは?」


「おかんに預けてきた。ランチ、chez Tsuzukiシェ・ツヅキでええやんな?」


時刻はもうすぐ13時になるところだ。



「ええ!?お昼待っててくれたの!?」

思わず標準語で話してしまった。



「おおー。明日香もしっかり東京の女やなぁ。」

私の標準語にしっかりツッコミをいれて、


「朝が弱い明日香がこの時間に東京から帰ってくるってことは、朝ご飯は家では絶対食べてない!

電車の車内でもコーヒーくらいしか飲んでない。

新大阪でササっと軽食を食べられるほどのスピードで、食事は取れへん。正解?」


タイミングよく赤信号で停車して私の顔をのぞき込む麻衣。


「ご、ご名答。」


「恭ちゃんに連絡したら、『明日香が帰ってきて最初のメシなんやったら張り切らんとなー』って席用意してくれた」



恭ちゃんは高校の時の麻衣の元カレだ。

パティシエになった高校の同級生と結婚して、夫婦で予約の取れないレストランを経営している。



この街では元カレとか元カノとか、そんな事は大した問題じゃないのだろう。

都会とは違って。…多分。




◇◆


自宅と反対方向の恭ちゃんのお店に向かう。


「うーん。変わらないね。この道も」


「あんた帰ってくる度にそれ言うけど、いっくら東京でもそんなコロコロ変わらんでしょ。あ。そういえばあそこなくなったよ、駅前商店街のゲーセン」


「え!?今時の子はどこでプリクラ撮るのーーーーー」


「そりゃあんた、スマホちゃう?」


思わず絶叫した私に、冷静に返してくれる麻衣。


変わらないようで、少しづつ私の知らない街になっているのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る