Bar Andante -episode Ⅰ -

赤阪 杏

プロローグ

ここは東京都新宿区、神楽坂の外れ。


壁に蔦が這う、なんとも歴史を感じるビルを見つけただろうか。

半地下に続いている階段を降りると、看板も何もなく、ひっそりと、しかし堂々と佇む重そうなドア。

初めて訪れた人は気後れするだろう。

だがどうか勇気を出して開けてみて欲しい。


髭を蓄えた妙齢のマスターが、穏やかな微笑みと惚れ惚れするような美声で出迎えてくれる。



カウンターには椅子が6脚。

奥にはアンティークだろうか。

グランドピアノが1台あり、その近くに4人がけのテーブルが2〜3台あるかどうか。


決して広くはないが、狭すぎもしない店内。



私のお勧めはカウンターの奥から2席目だ。

ここが一番、マスターとゆっくり話せる気がする。



席に着くと差し出されるおしぼりと、BAR Andanteと書かれたコースター。

それを見て、初めてここが「バー・アンダンテ」と言う店名だと知るだろう。



いつも、その日の私に合わせた飲み物をマスターが選んでくれる。


ほとんどの場合、私の為に用意される飲み物は、琥珀色をしているが。



もしあなたがアルコールが苦手なら、コーヒーや紅茶を頼めば良い。


今日のあなたにピッタリ合う、茶葉や豆を用意してあるはずだ。



歩けない程に身も心も疲れている時にはもちろん、気分が昂っている時にも訪れるべきだろう。



ここは『ゆっくり歩く速さ』に軌道修正してくれる場所なのだから。




さて、今宵このドアを開ける方は、この店で、どんな物語を聞かせてくれるのしょう。



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