【異伝】巌流島の決闘

お告げ

夢を見た

誰もいない、月だけが輝く荒野に。己のみが立つ夢を。

草木はなく、花もない。故郷とは似ても似つかぬ冷たく乾いた景色が地平線まで続き、空を砂が舞うばかり。

ここが荒野の果てなのかそれとも中心なのかすら定かではなく、ただ3尺余りの抜身の刀を携えて立っていた。



――――――――――――遠い


あたりを見渡して、そんなことを思った。空の月が遠いのだ。

普段いる山から見る景色とは違い、この場所から月は遠い。なぜだかそれが、狂おしいほどに心細く感じた


嗚呼、剣が届かない。


「剣鬼よ」


頭蓋に声が響いたらこのようであろう。そのような声が後ろから。

そちらを見れば、山のような巨躯をもった何者かがいた。

あまりにも大きい。見上げる首が後ろへ倒れてしまいそうなほどだ。

丸太を超える太さの腕に、揺らぎそうにない胴回り。後ろで揺れる尾には幾多の傷が残っている。

面はさらにおぞましげな形相をしており、刻まれた傷は大小数えればきりがない。化け狸と言ってしまうのが一番近い顔である。

そんな化生の表情は不思議と読めて、こちらを呆れたような表情で見下ろしている。

今までで一番斬りごたえがあった化生に似ている。


「おぬし。なんぞ不穏なことを考えておるの」


もぞもぞと、化生の口元が動く。

人語を解する教養。そのことに目を見開く。

山を見るような図体に、言葉を操る知能。こちらの考えを見透かす洞察。これらを携えた目の前のような怪物は今まで一度たりとて会わなかった。


「ええい。そのように物騒なことを考えて嬉しそうにするでない。おぬしのような輩と立ち会っていては身が持たんわ。わしは神使だ。神通力など多少は使う」


 どうやらこちらの考えを見透かしているのは洞察ではないらしい。


「他心通といったかな」

「人のつけた名前など知らんわい……言葉ほど便利ではない。それにこの場所で主と立ち会う気もない」

「ふむ、それは残念」


 斬り合いに興じる輩でもないらしい。立ち合いの貫録を十分に持っているだけに、それがひどく残念であった。

 独り言ちていると、目の前の狸が指をこちらに向ける。

 すると、脳裏に一人の女性が浮かんだ。

 月のような銀の髪に、藍色の瞳。勝気な表情をし、特徴的な刀を4本携え、2本構えている。


 美しい。そして遣う手合いだ。腕が疼く。


「この女性は?」

「こ奴が貴様の運命じゃ」


 はて運命。そんな浮ついたものが自分にいるとは思わなかった。

 何せこちらは剣者だ。土地を持つ地主でもない。だが目の前の神使を名乗る狸を信じるのであれば、この女性は運命であるという。

 こちらの疑念に答えることなく、化生はつづけた


「これは神託にあらず。されどわれらが主は貴様を選んだ。お主は十月十日の後、小倉の先にある船島にてこの剣聖と立ち会うのだ。これは、神意である。お主には聞いきいれてもらう義理はないが……その顔を見れば、もはや告げることはあるまい」


 言われて、手を顔に当ててみる。

 我知らず、口角が上がっていた。





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