下級悪魔と上級女神は現世で結ばれる

はるはう

下級悪魔と上級女神は現世で結ばれる

この世界には、人間の他に天使や悪魔、幽霊やはたまた女神などといった類の生き物がいる。

今回はその中のある悪魔と女神の話をするとしよう。




「だりぃ、暇だ」

そう呟いたのは下級悪魔である“フージャ”。


悪魔というのは暇な生き物である。

その辺散歩して来ます。みたいなテンションで人間界へフラっと降りていき、何もせずに帰ってくる、などということはもはや日常。


一応悪魔として生きていくには職務を全うしなければいけない。

下級悪魔の仕事は主に人間に取り憑き『怒り』や『憎悪』といった負の感情を引き出すこと。

おまけ程度にノルマ付き。ただ、だからと言って仕事をせずにいると悪魔としてのランクは下がり、最終的にはその存在が消えてしまう。

まぁ、それなりの仕事をしていれば消えることはまず無いのだが。



「今月はそれなりに仕事したしもう適当にしてりゃいいけど、来月楽するためにも余分に取り憑いとくかなぁ。どうせなら綺麗なねぇちゃんがいいよな。おっさんは勘弁。吟味しねーと」

ノロノロと人間界のある森へ降り立ったフージャはふと、ある噂を思い出した。


“この森の池には女神がいるらしい。”


悪魔の世界で一度だけ耳にした話。

一人のある女神が天界からお役を与えられ、人間界にある森の池を住処として人間を守っているらしい。

その女神は池に物を落とすと現れ、金と銀の石を見せ「貴方が落としたのはどちらか」と問うらしい。

正直に「どちらでもない」と答えると落としたものに加え、金と銀の石もくれる。

人間界でよくある昔話みたいだよな、とその時は笑って聞き流していたが、いざその森の近くまで来ると気になってしょうがない。

フージャは確かめてみたい気持ちになり、以前取り憑いた人間のペンダントを落としてみた。


ポチャン―・・・



今は人間界でいう深夜。フクロウの鳴き声だけが聞こえてくる。

待ちきれなくなったフージャは水面に向かって声をかけた。


「あのー、女神さま、聞こえてる?ペンダント落としちゃったんだけどぉ~・・・お・・・?」


ブクブク・・・


ちゃぽん、と水から姿を現したのは、真っ白な布切れ一枚を身にまとった、女神の格好をした可憐な・・・


「ただのクソカワ美少女じゃねぇか!!!」

「なになに怖いんですけど!」


水面から顔を出したのは、まさに美少女という言葉がお似合いの女神であった。

どうやらこの少女が池の女神らしい。


君がこの池の女神なの?と聞くと、少女はコクンと頷いた。

「まじかよ、女神っつうからエロいねーちゃんが出てくるかと思ったんだけど・・・そっちか~!」

うぅ~、と唸りながら頭を抱えるフージャを見ながら女神は質問を投げかけた。


「君、悪魔だよね?人間に取り憑きに来たならこの辺りはダメだよ。この辺りは私が守護してるから下級悪魔が取り憑けるようなところじゃないの」

女神は、返すね、とびしょびしょのペンダントを差し出しフージャを見る。


「あれ、俺が悪魔だって気づいてたの?」

「そのくらいは分かるよ。こんな見た目だけど意外と地位高めの女神なの」

「へぇ、すごいんだな。でも俺、別に人に取り憑きにここに来たわけじゃないから安心して」

「そうなの?」

きょとんとした女神の顔にフージャの胸が少しだけキュンとした気づく。

あ、ちょっと可愛いかも、ロリもいいな。なんて思ってしまった。


「暇つぶしでこの森に遊びに来たんだけどさ、女神さま、ちょっとお話しない?」

ナンパ口調で話す馴れ馴れしさ全開のこの悪魔からは悪意が一切感じられない。

ただただ話し相手が欲しかったのだな、と女神は呆気に取られてしまった。



一瞬安らいだ気持ちに包まれるのは何故だろう。

女神は警戒心ゼロで目の前に立つ悪魔を見て心が和らいでいく自分を恥じた。


女神はこの森と天界以外の世界を知らない。


この森で人間の守護を命ぜられた時は少しだけ悲しかった。

天界に住む神達と離れた場所で仕事をするのが寂しかったのだ。


しかし仕事に就くと案外楽しいもので、任期満了になった今も適当な理由をつけてここに住みついている。

天界からは天使やら女神やらが遊びに来て話すのは楽しかったし、平凡な人間達を見ているのも面白かった。天界にはいない魚や動物達と戯れる時間も幸せだった。

だがこんなにも一瞬で自分の心を奪い去ったのは、この悪魔が初めてだった。



「ねぇ、それなら名前教えてくれない?あなた、なんて呼び方は失礼だし」

女神は尋ねてみる。

悪魔は絵に描いたような驚き方をし、一瞬頭の上にはてなマークを浮かべた

が、すぐにヘラっと笑って「フージャだよ」と答えた。

「女神様は名前、なに?」

「イルナ」

「イルナ、よろしくな」

そう呼ぶフージャの声に鼓動がドクドクと早くなった。そして女神は気付いてしまった。


そうか、これが恋なのか。



それからフージャは毎晩のようにイルナの元を訪れるようになった。

今日はこんな人間がいただの、こんなものが池に落ちて来ただのくだらない話が大半だったがそれで十分だった。


二人はお互いを想っていることに薄々気が付いていたが、その想いを口に出すことはなかった。

恋人になったからといってその先どうすればいいのか二人にはわからなかったし、この距離感は意外と居心地が良かったから。

そして何より、悪魔と女神では住む世界が違う。相容れない存在なのだ。

人間を守る女神と人間に取り憑く悪魔。そもそも毎晩こっそり会うなんて禁忌なのである。

女神が悪魔と恋に落ちた、などと天界側が気づいたら。

きっと自分はここには居られない、フージャとも会えなくなっちゃうな、とイルナは一人静かに泣いた。


それでもイルナはフージャに会える夜が楽しみであった。

天界から友人が来ても、「今日は眠いから」などと理由をつけてさっさと帰ってもらう。

フージャもフージャで今日も取り憑く人間を探しに行く、と言って毎晩人間界へと出ていく。

そんな二人に不信感を抱くものは少なくなかった。



ある時、フージャがイルナの手に触れようとした。が、イルナは慌てて手をひく。

「あ、ごめん・・・嫌だった?」

「いや・・・そうじゃなくてさ、私たち住む世界が違うから、触れると・・・その、火傷しちゃうじゃん」

悪魔と女神は絶対に触れられない。少しでも触れると火傷を負うのである。

「だよねぇ・・・あはは、なんかごめんな」

フージャは一瞬悲しそうな顔をして、またいつもの笑顔に戻った。

イルナだって触れたくないわけではない。しかし、女神と悪魔に生まれた以上、どうしようもないのだ。


「あの、さ」

少しの沈黙の後、不意にフージャが問いかける。


「人間になる方法があるって知ってる?」



イルナは最初、質問の意味がわからなかった。

が、理解が追いついたのか、ブンブンと首を横に振った。そして食い気味に知らない、教えて、とフージャに尋ねるものだからフージャも少し驚いた。

「方法って言っても、天界でも通用するかは知らねぇよ?あくまでこっちの世界での方法だからな」

フージャはいつもの顔に戻ってへらっと笑いながらこっそり言う。


「女神さまを堕とすんだよ、悪魔の手で」


にしし、と悪だくみするように笑ったフージャの笑顔はまさに悪魔のそれだった。

しかし、不思議と恐怖は感じない。その表情の裏には自分への愛が隠れていることを知っているからだ。


呆気に取られたイルナを横目にフージャは続ける。

「女神なんて格上の存在を堕とせたら悪魔としてはもう鼻高々なわけよ!で、望む奴らはもう一度人間界に転生させてくれるらしいんだ」

「フージャ、もし女神が悪魔に堕とされたと天界が知ったら私ただじゃ済まされないよ。もう二度と会えなくなるかも、存在だって消えちゃうかもしれないんだよ。でも・・・」


“女神だって、悪魔に堕とされれば格下の人間へと降格させられるんじゃ・・・”




人間になる方法を教えてくれてからフージャが現れなくなりもう3日は経っている。

もしかしたら私と会うことに飽きたのかもしれない。そんなことを考える時間も増えた。

もともと住む世界が違うのだ。それに悪魔。やつらは何の罪悪感もなく人を裏切り憎悪や怒りを食って生きている。今回だって、ただからかわれただけなのかもしれない。


でも、どうしても、あの悪魔が裏切ったなんて思えなかった。



今日も天界からは友人が遊びに来ていた。

「ごめん、今日も疲れてて・・・申し訳ないんだけど、また今度遊びに来てくれないかな」

すると友人の女神が言いにくそうに口を開いた。

「あのさ、こんなこと言いたくないんだけど。でも、イルナのためだから」

「なになに、どうしたの?怖いなぁ・・・」

はは、と笑って誤魔化すが、察しはついている。思い当たることなんて一つしかない。


「悪魔に堕とされたでしょ」


あぁ、やっぱり。



2日後、天界から召集命令がかかった。

召集命令がかかることなど殆どない。よっぽど素晴らしい行いをした時か、よっぽど酷い行いをした時かのどちらかだ。今回の召集は後者だな、とイルナは呑気に考えながらもう戻らないであろう森をあとにした。


気が付くと目の前にはイルナへ人間界での役目を与えた男神が立っており、呆れた顔でため息をついていた。呆れさせた張本人であるイルナは、そんな男神をぼんやりと見つめていた。


「イルナ、なぜここに呼ばれたのかわかっていますね?日頃の良い行いの褒美に人間界での役目を与えてやったというのに・・・貴方は女神として最も犯してはいけない行いを行いました。これは女神として恥ずべき行為であり、命を以て償うべき罪です。貴方はあろうことか悪魔に恋をした。悪魔に堕ちた罰として―――――――・・・」












―――――・・・ちゃん・・・

―――――――・・・・・るちゃん――・・・



「なるちゃんってば」

なる、と呼ばれた女子高生は肩を揺すられむくりと上半身を起こす。

「んぁ・・・あれ、ふじくん・・・私寝ちゃってた?」

どうやらなるは、彼氏である藤の部屋でいつの間にか眠ってしまっていたようだ。

「ぐっすりね。ほら、借りてた漫画読み終わったから返す」

少女漫画もおもしろいんだなぁ、などと呟く藤をぼーっと見ながらなるは、先ほど見た夢を思い出していた。


夢を見た。

それはとても変な夢だった。


「寝不足?ちゃんと寝てる?」

心配する藤の手がポンポンとなるの頭を撫でる。

「そういう訳じゃないんだけど~・・・あ、そういえばね私さっき変な夢を見たの。ねぇ、どんな夢か当ててみてよ!」

「質問が漠然としてるなぁ~・・・そういや俺も昨日変な夢見たわ。俺が悪魔で、なるちゃんが女神だったんだけど・・・んでどうなったんだっけ」

「え、わたしの夢と一緒!わたしもね、悪魔の藤くんと女神の私が出てきたの。それでね・・・あ・・・れ?」


と、不意になるの目から涙がこぼれだす。

「私ね、夢の中で藤くんに触れられなかったの・・・」

ほとんど意識せず、そんな言葉が口から出る。

何故そんなことを言ったのかなるもわからず混乱するばかりだが、目からはどんどんと涙が溢れていた。

「大好きなのに・・・私、藤くんのことが大好きなのに・・・」

「なるちゃん」

溢れる涙が止まらなかった。だが藤は、急に泣き出したなるに驚くこともなくただ優しく抱きしめた。

「思い出した。俺もなんだ。俺も夢でなるちゃんに触れられなくて悲しかった、気が狂いそうだったよ」

泣きじゃくるなるの手を藤が自分の頬に持っていく。

「大丈夫、俺はここにいるしちゃんと触れられる、大丈夫だから」

「う・・・うぇ・・・藤くん・・・うぅぅ・・・」

よしよしと頭を撫でる藤の手は、彼女を安心させるためにあったかのように暖かく、なるはその手に大人しく包まれていた。



涙が落ち着いた頃、藤がふと思い出したように話しだした。

「そういやさ、夢から目が覚める前に冥界のお偉いさんみたいなオッサンに言われたんだよね。女神を堕とした褒美に人間に昇格させてやるからそっちで楽しめよ、って」


俺らって生まれ変わってやっと触れられるようになったんだな、とにんまり笑って話す藤を見てなるは思い出す。



そうだ、私も―――――・・・・・・









ぼんやりと見つめる先には呆れを隠し切れていない男神の姿。

でも、これでやっと私も・・・


「貴方はあろうことか悪魔に恋をした。悪魔に堕ちた罰として――――――・・・」





“人間へと降格なさい。そしてあの悪魔と共に生き、罪を償いなさい”





あぁ、やっと貴方に触れられる。

貴方に触れられるなら、共に生きられるのなら、地位を捨てることなんて容易いのです。


女神は涙を流した

それが悲しみの涙でなく歓喜の涙であることなど、誰も知らないだろう。

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