第110話 曇り空

 涼しい表情で建物の中へと入ったモネアは、何一つ変わらない飄々ひょうひょうとした態度で表へ出てきた。部下たちが待つ馬車の前で見上げると、灰色の雲が空全体を覆っている。直に雨が降りそうな天候だ。


「モネア様!」


 そこへ馬に乗った三人の部下がやって来た。三人のうち二人は負傷でもしているのか、乗馬の振動に痛みを堪えた苦悶の表情を浮かべている。


「どうやら奴隷を取り逃がしたようですね」


 一人足りない状況から察し、モネアが無表情で訊いた。部下たちは全員馬から降りてこうべを垂れる。


「申し訳ありません。街から出た先の森で、旅をしていたと思われるギルダーたちに邪魔をされ、逃しました」


「ふむ…」


 モネアは右手の盾を左手でさすりながら考えた。


「逃した獲物をいつまでも悔やむのは時間の無駄です。この街で昼食を取りましたらアトラマスへ引き上げましょう」


 それだけ言うとモネアは馬車へと歩き、部下が開けた扉をくぐって中へと入る。奴隷を取り逃がした三人の男たちは、モネアが馬車内へ姿を隠すまでひたすら緊張した様子で地面を見つめていた。

 

 同じ頃、命拾いしたダーチャは自室に数人の部下を呼び、三人の遺体を片付けさせながら命令を下していた。


「街の外へ出る道の全てに人をやれ! さっきの男の馬車を見張らせろ!」


 部下の一人が訳知り顔でダーチャに尋ねる。


「あのモネアという男を尾行して片付けるんですね?」


「いや、尾行はしなくていい。それに絶対手を出すな!」


 意外な命令だったので部下が驚いて顎を引いた。部屋の状況と、モネアという男が無傷のまま揚々ようようとここから立ち去ったことから、てっきり暗殺が失敗し、その尻拭いを別の場所でやるものだと予想したのだ。


 しかしダーチャの考えは違っていた。

 

 あれほど修羅場をくぐり慣れた強者つわものだ。万が一尾行がばれ、ダーチャの息のかかった部下が自分たちの命を狙っていると感付かれれば、こちらへの心証がさらに悪くなる。あのモネアと、そして背後にいるであろうベネアードという男と敵対するのは非常にまずいと直感が告げていた。モネアがこの街で他に用件があるのか、もしあるとすればどこへ向かい、誰とどんな話をするのか気になるところだが、そんな情報の聞き込みなら後日やればいいだけのこと。今はとにかく、あの男が街から出たという確証が欲しい。それを聞かなければ枕を高くして眠れやしない。


「もう一度言う。奴らに手を出すな。尾行もするな。ただ誰と出会い、どの道を使ってこの街から出ていったかという情報だけを持ってこい。最優先事項の命令だ。人手が足りないようならここのいる全員を駆り出せ!」


 部下が了解し、数分後、大人数が建物から出て散らばっていった。周囲にいる浮浪者にも小遣い稼ぎだとして見張りの仕事を命令し、街の中へ走らせる。かくしてダーチャのアジト周辺に、人の姿はなくなった。

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