第111話 スキーネの思い

 スキーネは部屋の木窓から三階下の通りを見下ろしていた。今しがた部屋から出ていったポピルたち三人が宿の正面入り口から街の中央へと歩いていく後ろ姿が見える。


 スキーネはうつむいて大きなため息をつき、顔を上げた。


「駄目。やっぱりこんなの私らしくない」


 そう告げると、ライフルを背負い直して部屋の入口へと歩き出す。トンファー型ライフルを机の上に置いていたルッカがそれに気づいてスキーネの前に立ちふさがった。


「どちらへ行かれるのですか?」


「ポピルのところよ」


 決然とした表情を見て、ルッカは言いにくそうに眉を寄せた。


「スキーネ様…」


「わかっているわ。加勢に行くんじゃない。ただポピルに謝りたいの」


 スキーネの言葉に、シャツを脱いで先ほど撃たれた箇所の具合を確認していたツアムも顔を上げる。


「ほら私、昨日ポピルにひどいことを言ったでしょう? あなたのご両親に教育方針を聞いてみたいって。私、昨夜からずっとそのことを謝りたかったんだけど、言うタイミングがなかなかなくて…」


 それを聞いてルッカが思い出した。今朝から何度かスキーネがポピルに話しかけようとした様子を。


「ポピルなら、全然気にしてないように見えましたが?」


「私が気にするの!」


 スキーネの真摯な瞳を見て、ルッカの頬が思わず緩んだ。


「わかりました。そういうことでしたら私もお供します」


 途端に、スキーネがもじもじと手の指を交差させて伏し目がちになった。


「その…あまり人には見られたくないのよ…私、ポピルに出会ってから結構素っ気ない言動を取っていたし…いまさら面と向かって謝るっていうのが照れくさくて…」


 スキーネの心情を察したツアムが思わず微笑んだ。


「走ればまだ間に合うだろう。急いで行ってきなさい」


 ツアムの了承を得たことでパッと表情を明るくしたスキーネは部屋の入口へと駆け出した。


「約束する。すぐに戻ってくるわ」


 ツアムとルッカにそう告げて、スキーネは部屋へ飛び出した。


 人の合間を縫い、撥ねるように宿の階段を駆け下りながら、スキーネはいつもの癖で自分がライフルを背負っていることに気が付いた。


 しまった。使うことはないのだから部屋に置いて来れば良かった。持ってきても重いだけだ。しかしすでに一階へと下り、今更部屋へと戻るのは億劫だったので仕方なくこのまま背負っていくことにする。

 

 急ぎ足でエントランスを抜ける途中、スキーネは宿の受付係である羊の獣人男から大声で呼び止められた。


「お嬢さん! ちょっと待ってください! 観光に行かれるのですか?」


「いいえ!」


 短く答えて通り過ぎようとしたが、羊の獣人がさらに大声を掛けてくる。


「お待ちを! お嬢さん!」


「なに? 私急いでいるんだけど」


 スキーネは若干イライラしながらも立ち止まった。辺りに客や宿のスタッフはおらず、ここには二人しかいない。


「では手短に言います。旧市街には立ち入らないようにしてください」


 羊の獣人が心配顔で言った。


「この街の南側です。新市街であれば治安が安定し、夜でも出歩けますが、旧市街は率直に申し上げて非常に危険です。どこの街にもスラムはあるものですが、ここの旧市街にはダーチャというマフィアのボスが取り仕切っていて、保安官たちでさえ少人数では中に入ろうとしません。特にお客様のような端麗な女性は目を引きやすいので、なるべく一人での行動はお控えください」


「わかったわ。親切にありがとう」


 スキーネは礼を言うと、宿を飛び出した。

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