第103話 不穏
全員が一度はお代わりしたので、焚き火の勢いが弱まった頃には鍋が空になっていた。五人は協力して後片付けを済ませ、荷物をまとめてタズーロへ向け歩き出す。
しばらく進んでいると、朝食の感動がよほど衝撃だったのか、ポピルはナナトの隣でいろいろと尋ねてきた。
「キノコの見分け方も祖父に教わったのか?」
「そうだよ。じいちゃんは僕の先生なんだ。銃の撃ち方とか山で獲物を追う方法とか、それに天候を予測の仕方まで猟に関することは全部じいちゃんから教わった」
「たいしたものだ。じゃあ、あれは? あの道端に生えている赤いキノコ。あれは食べられるのか?」
ポピルは道端に指差すと、ナナトはかぶりを振った。
「ゴクエンタケ。食べたら食中毒を起こしちゃう。スープに入れたものを一口飲んだだけでも嘔吐と下痢が止まらなくなるよ」
「じゃあ、あれは?」
ポピルとナナトは、目についたキノコを指差して話しながら歩を進める。
その数メートル先をルッカとスキーネが横並びで歩いていたのだが、スキーネは顔だけ振り返ってポピルを見ると、前に向き直ってため息をついた。ひどく浮かない表情だ。隣を歩いていたルッカはそんなスキーネの様子を見て心中を窺う。
今朝起きたときからポピルとスキーネは挨拶以外一度も会話していない。
ポピルは何も気付いていないようだが、実はスキーネはポピルに話しかける素振りを見せたものの、声を掛けるタイミングが悪くてその都度諦めていた。ルッカが確認できているだけでもその光景をすでに五回は見ている。明らかに、スキーネはポピルに何か話したがっている様子だ。
自分が間を取り持とうと提案しかけたとき、ルッカの耳は遠くの何かを聞いた。
最初は、空耳かと思った。
誰かの悲鳴が上げたような気がしたのだ。
だがしばらく耳を澄まして歩くうちに、どこからか人の騒ぎ声が聞こえてきた。一人ではない。何人かの集団だ。
「森から、誰かの声がします」
ルッカはそう言って立ち止まり、ぼんやりと歩いていたスキーネも倣った。先頭の二人が止まったことでナナトとポピル、そして最後尾をファヌーと共に歩いていたツアムもその場に佇む。
「どうし…」
ダン!
ポピルが訊こうとしたその時、森の中から銃声が聞こえ、木にとまっていた鳥たちが一斉に飛び上がった。
「今のは!」
スキーネが亜獣かもしれないと考え、銃を構えた。ルッカもトンファー型ライフルを二丁抜いて音が聞こえた森の方向を見る。
「誰かがこちらに向かって走ってきます」
全員に緊張が走る。ルッカが告げた三十秒ほどして、森の奥に人影が見えた。成人した男のようだ。何かに怯えて逃げるようにこちらへ向かってくる。
スキーネたちの前に、男が飛び出して地面に倒れ込んだ。泥染めの簡素な服を着ていて、顔には無精髭が生えている。歳は二十代中頃だろう。首には革製の丈夫な首輪を締められ、その首輪には二メートルほどの紐が繋がれていた。その様はまるで犬の散歩に使うリードだ。男は体格こそ大きいものの栄養が足りていないらしく、頬がこけていた。
「た、助けて! お願いだ! 助けて!」
森から飛び出してきた男はルッカの脚に擦り寄って額を地面に付けた。敵意はないとわかったルッカは困惑しながらその様子を見つめる。ポピルにナナト、それに最後尾にいたツアムが何事かと歩き寄ってくると同時に、男が走って逃げてきた森の奥から、新たに馬に乗った三人の男たちが現れた。
「いたぞ! ここにいた!」
馬に乗った男たちが道をふさぐようにしてスキーネたちの前に立ち、馬を“どうどう”と落ち着かせた。三人とも人相が悪く、興奮していて手にはライフルを持っている。どうやら逃げていた男を馬で追いかけ回していたようだ。
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