第102話 朝食

 夜が明ける前にナナトは目覚めた。東の空は白みはじめている。あと一時間もすれば日が昇るだろう。


 ハンモックに揺られている他の仲間を起こさないよう、音を立てずに身支度を済ませると、ナナトは昨夜の夕餉だった鹿鍋の蓋を開けて中を見た。結局お代わりをしたのは自分だけだったので、まだ量はかなり残っている。朝食には皆の分が十分足りると判断したナナトは、ほろ馬車の中から手提げ網籠あみかごを取り出してナイフも装備し、近くの森の中へと入っていった。


 空は十分に明るくなっているので視界には困らない。


 ナナトは倒木や木の根元付近を注意深く歩きながら、目当てである山菜とキノコを見つけてナイフで採取した。二十分ほどして網籠一杯になった収穫量に満足すると、野宿している川原に戻ってくる。驚いたことにツアムも起床していて、川の近くでなにやら小麦を練っていた。


「おはようツアムさん。早いんだね。何を作っているの?」


「おはよう。朝食用にパンを作っているんだ。焼きたてがあれば昨日の鹿鍋もすすむだろうと思ってな。ナナトは何しに森へ?」


「これを見て」


 ナナトは持っていた網籠をツアムに見せた。


「この時期に採れるヅノマイっていう山菜だよ。灰汁を取って鹿鍋に入れようと思って。こっちのキノコはどれも香りと味わいがいいやつを選んで採ってきた」


 ツアムは微笑んだ。


「お互い考えたことは一緒か。ポピルの作った料理を生き返らせたいんだな?」


「うん。せっかくおいしくしないと食材にも申し訳ないと思って。皆が起きる前に作り終えるつもりだったのに」


「二人で一緒に作ろう。鍋をこっちへ持ってきてくれ」


 ナナトとツアムは料理に取り掛かった。


 仲間の中で最後まで寝ていたポピルが目を覚ましたのは、すっかり日が昇ったあとだった。目をこすりながら起き上がると、どこからか風に乗って美味しそうな香りが漂ってくる。川の方を見ると、すでに他の四人が起きていて朝食の支度をしているところだった。ポピルもハンモックから立ち上がり、フラフラと歩いていく。


「みんなおはよう。豪華な料理が出てくる夢を見たと思ったら、この香りが原因だったんだな」


「あ、ポピル。そろそろ起こしに行こうかと思っていたんだ。もうすぐ出来上がるよ」


 ナナトが嬉しそうに声を上げ、ポピルは欠伸交じりに呟いた。


「起こしてくれれば俺だって手伝ったのに…」


「ポピルは昨日一人で作ってくれたでしょ? さあ、顔を洗ったら座って座って」


 言われるままにポピルは洗顔を終え、鍋を囲むように座った。寝ぼけ眼のまま差し出された器の中のスープを一口すする。途端に、口に広がった滋味溢れる味わいに目と頭が覚醒した。


「美味い! どうしたんだこれ! どうやって作った?」


「昨日、ポピルが作った鍋に山菜とキノコを足してみたんだ。味付けを担当したのはツアムさん」


 ポピルはもう一口食べると、よく噛んで味わってから飲み込んだ。


「信じられん…本当に昨日と同じ鍋なのか…肉も柔らかくなっているじゃないか。昨日は湿った木を齧っているようだったのに」


 すでに皿の半分以上食べたルッカも幸福に満たされた表情を上げた。


「朝食からこんな美味しい料理を食べれるなんて。贅沢すぎてバチが当たりそうです」


「パンも美味しいわよ」


 スキーネも後に続く。三人の好評ぶりに満足し、ナナトとツアムは顔を見合わせた。


「うまくいったね。でも僕もこんなにキノコから美味しい味が出るなんて知らなかったよ。ツアムさんが味付けするとなんでも美味しくなるんだね」


「ナナトが早朝から採ってきてくれたおかげだよ」


 ツアムはナナトにウインクしてからパンを口に運んだ。

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