第101話 タズーロに向けて

 焚き火の炎がゆらゆらと風に揺れている。


 近くを流れる川のせせらぎだけが時の流れを五人に伝えた。重苦しい雰囲気の中、口を開いたのはナナトだ。


「ベネアードの勢力がアトラマスの正規軍と戦争してるって情報板で見た。五日前のことだよ」


「ああ、俺も見た。勢いを増し続けたベネアード一派はついに国に対して戦争を仕掛けてきたんだ。軍に加勢したいが、ここからじゃ距離が遠すぎるし、今の俺の腕前だと足手まといにしかならない。ヴァンドリアでシオデンに弟子入りを懇願するのも、この銃を使いこなすだけの実力をつけるためだ」


「弟さんは…そのあとどうなったの?」


 スキーネが悲哀に満ちた目で尋ねた。


「俺も弟のパピフも、一度はヴァンドリアの親戚の家に預けられた。弟はまだそこにいる。だが俺はベネアードたちに復讐するためにヤスピアへ旅立った」


「チャージ・ライフルを手に入れたのはそのためか」


「ああ」


 ツアムの問いにポピルが頷き、ポピルは傍に置いていたチャージ・ライフルを手に取った。焚き火の灯かりが銃のにび色を反射させる。


「俺だって馬鹿じゃない。頭領であるベネアードの鎧を貫くためには威力の高い武器が必要だ。俺はこいつが欲しくてこの国へやって来た。だが、周りの人間からは散々無理だと言われたよ。親戚からも、この銃を売っていた店の店長からも。お前みたいな子供に何ができる、その銃を使う前に返り討ちに遭っちまうよ、てな。でも俺は気にしなかった。言いたい奴には言わせておけばいい。俺はやりたいことをやるだけだ」


 ポピルは銃口を空に向けて構え、力強い双眸で焚き火を見据えた。


「俺の両親を殺し、村を焼き払ったベネアード一派に、必ず報いを受けさせる」


 夕食を終えた五人は、その後いつになく静かな時間を過ごした。ポピルは皿洗いを買って出たので一人川場へ行き、ツアムはハンモックで横になりながら朝刊を読み直していて、ルッカは焚き火の前で髪の毛をブラシで梳いている。ナナトが歯磨きをしながら夜空の月を眺めていると、焚き火をぼうっと眺めていたスキーネがおもむろに立ち会がってポピルのいる川場に歩いていった。


「塩を入れるタイミングがまずかったのか…いや、野菜にたっぷり付けたのが悪かったか」


 ポピルがぶつぶつと呟きながら洗っていると、隣にスキーネがやって来た。


「半分もらうわ。私も手伝う」


 ポピルが驚いてスキーネを見た。


「いやだってさっき俺にやれって…」


「気が変わったの。いいからタワシを貸して」


 スキーネは有無を言わさず手伝い始めた。何か気まずそうな表情をしており、何度か隣のポピルの顔を見上げては俯く。


「ははーん。さては洗う俺の後ろ姿がカッコよかったんだな」


「…そんなわけないでしょ」


「次の街で君に花を贈るよ。スキーネはどんな花が好きだ?」


「違うってば」


 自分に気があると勘違いしたポピルの話題にスキーネは落胆しながら付き合った。


 歯磨きを終えたナナトは口をゆすいだ後、ハンモックに揺られるツアムのところへと歩み寄った。


「ツアムさん、明日行く街はなんて名前だっけ?」


「タズーロだ。どうかしたか?」


「月にかさがかかってる。たぶん明日は雨になるよ」


「本当か? なら晩は宿に泊まった方がいいな。タズーロを出ると三叉路の道に分かれる。どのルートでヴァンドリアに向かうにしても、まだ長い旅路になる」


 ナナトは雨が降る時間の予想もツアムに伝えると、明日は早起きしたいからと言って早めに床に就いた。


 ♢♢♢♢

 

 ナナトたち五人が就寝したのと同じ頃、タズーロの西側。三十メートルに及ぶ崖を結ぶ巨大なつり橋の先で一台の馬車が地面のぬかるみに車輪をとられていた。


 馬車の周りには泥染めの簡素な服を来た男たち四人が懸命に馬車を押してぬかるみから出そうとしている。その後ろで馬に乗った一人の男が、馬車を押す男たちの背中に鞭を振るった


「おら! もっと押せ奴隷ども! いつまでかかってるんだ!」


 鞭を打たれた奴隷が苦痛にうめき声を上げた。四人の奴隷たちはみな、首の後ろに奴隷の身分を現す焼き印が押されている。奴隷たちはやっとの思いで馬車を押し出し、平坦な道へと馬車を移動させた。


 渾身の力を使い果たした奴隷たちはみな地面に倒れ、むさぼるように空気を吸い込む。道には馬車を操る御者が一人佇み、その横に六人の男たちがそれぞれ馬に乗って待機していて、六人の男たちは全員ライフルとランプを所持していた。


「モネア様。道に出ました。これで走れます」


 一人の部下が乗っていた馬から降りて馬車のドアの前に片膝をついた。すぐにドアは開き、モネアと呼ばれた男が外の状況を見る。


 奴隷たちが必死にぬかるみから馬車を出そうと押している間、馬車から降りもしなかったモネアは、銀縁の丸眼鏡をかけ、悠々とした様子で真っ白な布を使い、一枚の金貨を磨いていた。


「もう月も高いですねえ。今晩はここに泊まるとして、タズーロには明日の朝向かいましょう」


「はっ!」


 部下の男たちは野営の準備に取り掛かる。モネアは外の新鮮な空気を吸いながら馬車内に目を移した。貴族御用達であるこの箱型四輪馬車は、外観が高級感溢れる黒の漆喰で覆われ、内装は華美かつ、上質な綿をふんだんに使用した真っ赤な向かい合わせの二列のシートが設えられており、その座り心地はホテルのベッドにも劣らない。車内には窓も設けられているが常にカーテンが掛けられ、四日間の旅の間、決して外からの好奇な目を通さなかった。


 モネアが座っている向かいのシートには、横幅一杯まである大きな箱が置かれてある。開け放たれたその中には金貨がぎっしりと詰まっていて、モネアは今しがた磨いていた金貨を箱に戻すと、別の一枚を取り出して磨き始めた。

 

 ベネアード一派の幹部、盾使いのモネアが、タズーロの街へ入ろうとしていた。

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