第35話 ヴァネッサ
「もうっ! ツア
スキーネが階段を上りながら強い口調で責め立てた。ツアムは平然と肩をすくめる。
「そうは言うが、今から野営できるポイントを探してテントの準備するのは骨だろう? 明日はあの高い樹に登るんだ。今夜はベッドの上で英気を養った方がいい。それにラシンカの全長は小さくても五十センチ。五百匹の全てが上部にいるとは樹のスペースからして考えにくい」
「その五百匹っていう数もあの男の情報を信じれば、でしょう? もし噓をついていたり目算が間違っていたりしたら全体数はもっと少ないかもしれないわ!」
「だからといって無理に樹を上れば、あの男のチームと競合することになる。そうなれば結果として討伐数が減ってしまう可能性だってあるんだぞ?」
「あら、弱気な発言ね。こっちにはルッカがいるし、ツア姐もいるし、私の散弾銃だってあるし、ナナトだっているのよ。はっきり言って、そこらのチームとなら互角以上に渡り合えるわ」
「あの…俺は…」
最後尾を歩いていたポピルが自分の顔を指差したが、スキーネは聞こえていないかのように続けた。
「こうなったからにはスタートダッシュが重要よ! ルッカ。明日猟が始まったらまず全速力で樹に上ってちょうだい!」
「御意」
ルッカが告げたとき、一行は二十二号室の前に着いた。ドアの前にはザッカーが腕組みをして待っている。
「鍵だ」
ザッカーからツアムへ手渡された。
「ベッドで休めるのは助かるよ、ありがとう」
「気にするな。それより明日の約束、忘れるなよ」
ツアムが「ああ」と返事する直前、ザッカーの首の後ろから細い腕が伸びてきて、誰かが抱き着いた。
「約束って、なあに?」
「…ヴァネッサ」
ザッカーが振り向くまでもなく名を告げると、緑色の髪をした女性が「はーい、ヴァネッサよ」と言いながらにこやかに顔を覗かせた。歳は二十代後半だろうか。体つきは細身で、寝間着のような薄い生地のフリル付きワンピースを着ている。多少、化粧が濃い気もするが、美女と言われれば美女で通る整った顔立ちをしていた。
「この子たちは?」
「背負っている銃を見ればわかるだろう? 同業者だ」
「あら、またライバルが増えちゃったの? イヤねえ。困っちゃう」
本気なのか冗談交じりなのか非常にわかりにくい調子でヴァネッサがザッカーの腕を手に取りながらツアムを向いた。
「ねえ、せっかくだから私の部屋で少し飲まない? 明日のクエストに向けて不利にならない程度には情報をあげるわよ?」
「せっかくだが遠慮する。ここまで歩きどおしだったから今日は早めに休むことにするよ。明日、猟が終わったあとなら親睦会も兼ねて参加しよう」
「あらそう」
明らかに一オクターブ低くなった声でヴァネッサがぷいとツアムから視線を外すと、元の調子でザッカーに甘い息を吹きかけた。
「ならザッカーさん。行きましょうか」
「いや悪いが俺も…」
「あなたのお仲間はすでに私の部屋で一瓶開けちゃったわよ?」
「なに? あいつらあれほど言ったのに…」
ヴァネッサの手に引かれ、ザッカーは「じゃあな」とツアムたちに背を向けた。ツアムが一歩だけ前へ出る。
「最後に聞いてもいいか? ザッカー」
ザッカーとヴァネッサが振り返った。
「明日、クエストには何チームが参加するんだ?」
「それは明日の朝、自分の目で確認しろ、と言いたいところだが、まあいい。教えてやるよ。お前たちを合わせて二十九チームだ」
「ええっそんなに!」
スキーネが思わずそう叫んだあと、ヴァネッサが口角をつり上げて言った。
「まあ、五羽獲れたら運のいい方だと思いなさい。なにせここにいるのはあのザッカー・イファーク。彼が率いるのは東の国ヤスピア一の狩猟チームなんですから」
それだけ言うと、ヴァネッサはすぐさま屈託のない笑顔をザッカーに向け、彼の腕に抱き着きながら奥へ歩いていった。
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