第36話 解禁日

「ザッカー…。聞き覚えのある名前だと思ったらあのイファーク・チームのザッカーだったのね」


 そう言って、スキーネはベッドに飛び込んだ。少し意気消沈しているようにも見える。ルッカが渋い表情でたしなめた。


「スキーネ様。行儀悪いですよ」


「はあ。ちょっと自信なくしちゃったわ。ナナト、知ってる? イファーク・チームって去年の討伐クエストにおける報酬総額で九位になったのよ。口先だけじゃなく実績のある実力者だわ」


「報酬総額?」


 ツアムが防弾ケープを脱ぎながら答えた。

「クエストを達成すれば報酬を貰えるだろう? あれはギルド側でも記録されていて、毎年どのチームがどれだけ稼いだのかを公表しているんだ。あのザッカーって男が率いているチームは東の国ヤスピアで唯一そのランキングトップテンに入っている。ヴァネッサが言った通り、ヤスピアでは一番のチームといっていいだろう」


「同じ国の人なのに知らなかった」


 ナナトが言うと、今度は椅子に座ってブーツを脱いでいるポピルが口を開いた。


「報酬総額ランキングでは、だいたいトップの奴らは南の国カドキア出身なんだよな」


「それは仕方ありません。基本的に南部に行けば行くほど、亜獣の大きさも強さも増していくものですから」


 ルッカも机の上にトンファー型ライフルを置いた。ポピルがニヤリと笑ってナナトを見る。


「ちなみに個人の報酬総額トップもカドキア在住で、デデって奴。こいつは去年の一年間だけで二億リティも稼いだんだぜ」


「二億リティ? すごいなあ。桁が多すぎて想像がつかないよ。羊を何匹買えるのかな」


「大陸中の羊だって買えるわ。そんなことより明日のクエストよ」


 寝転んでいたスキーネがひょいと上体を起こした。


「イファーク・チームが参加しているのは仕方ないとして、話を聞いていた限り、あの化粧女はザッカーとは別のチームよね?」


「おそらくは」

 ルッカが頷き、ツアムも肯定する。


「実力で敵わないからザッカーたちの気をよくさせて、おこぼれを頂戴しようって魂胆だろう」


 ナナトが不思議に思って尋ねた。

「どうしてそんなことまでわかるの?」


「見ればわかるでしょう? あの口調、あの態度、あの化粧」


「え? え? え?」


「お、俺にもわからん。単に友好を深めようとしているようにしか見えなかったが」


 ポピルの発言に、ツアム、スキーネ、ルッカが“これだから男は”といった様子でため息をついた。


「よく見ておきなさい。明日になればきっとボロが出るから。他力本願なんて許せないわ。これはクエストよ。頼れるのは銃と自分の腕とチームだけ。正々堂々とやる気のないやつらに絶対負けるもんですか!」


 スキーネはそう息巻いた。


 翌朝。

 宿から出たツアムたちは、晴れた日差しの中を巨大樹の下へ向かって歩き出した。巨大樹の根本には、すでに一チームが佇んでいる。メンバーは八人。全員女性で、自分の猟銃を丁寧に磨いているピンク色の髪をした三十歳前後のギルダーがツアムたちを睨みつけた。肩幅が広く、鋭い眼光を放ち、猟師というよりまるで兵士だ。おそらくこの女性がこのチームのリーダーなのだろう。


 ギルダーの他に、ここの村人と思われる数十人が大きなおりを用意していた。ナナトは好奇心が湧いて村人たちへ近寄っていく。大きな麻袋あさぶくろを何枚も地面に敷いていた四十代の婦人がナナトに気が付いて笑いかけた。


「おや、随分と幼い猟師だね。昨日はよく眠れたかい?」


「うん。これは何をしているの?」


「討伐した羽刺し鳥を入れる麻袋と檻を準備してるのさ。これらは毎年村から貸しだすものだからね。今日は頼むよ、ギルダーさん」


 そのとき、大きな鳥の声が聞こえてナナトと婦人が大樹を見上げた。葉に隠れて姿は見えないが、確かに樹上にいるようだ。


「解禁日は毎年一日だけなの?」


「いんや。羽刺し鳥の数によっちゃ二、三日と続くこともあるよ。奴らは毎年凝りもせずあの樹へ上ってくるんだが、ちゃんと生息数の調整はしてる。奴らの数が増えすぎて一番困るのが糞による被害さ。毎日落とす大量の糞が辺りの生物に恐ろしい疫病を蔓延させるんだ。あたしの婆ちゃん世代の人間なんかは、あの鳥のことを“死を呼ぶ鳥”と呼んでいるぐらいさね。それだけじゃなくて、あまりに多い糞はやがて木をも枯らしちまうから適度に間引く必要があるのさ」


「天敵はいないの?」


迷彩豹めいさいひょうや人食い蛇といった亜獣がいるんだが、こいつらは人間にも大きな被害を与えるからギルダーが討伐するうちに、この近辺にはあの鳥の天敵がいなくなっちまったんだ。奴らにとって天国な環境を作っておきながら増えすぎると困るってんで猟をするのはちょいと身勝手な気もするが、残酷に聞こえるかい?」


「ううん、僕の村もオオカミやクマを退治したことでシカが増えすぎて畑の作物を荒らすようになって困っているんだ。事情はわかるよ」


「あら、農村はどこも同じなんだね。今日は天気がいいからって景色を眺めている間に木から落っこちるんじゃないよ」


「うん」


 ナナトは笑顔で婦人と別れ、ポピルの方へ戻っていった。

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