💧 第15話 流 💧


 家に着くと、生田は理恵に今日の出来事の経緯を話し、そのまま帰って行った。


 あの日から、サイとは連絡を取っていない。

 電話がきても、LI◯Eがきても、全く答えなかった。

 自分の犯した罪は分かっている。

 だからこそ、なぜサイが全てを知っていて自分に近づいて来たのか。わざわざアメリカからやってきて、名前と住んでいる町しか知らなかったはずの自分を見つけてどうしようとしていたのか。

 アヤは怖かった。サイの行動も、サイの自分に対する気持ちのありようも……。

 何を信じていいのか全く分からずに、悶々とした日々を過ごしていた。

 結局新学期になるその日まで、アヤはサイと全く連絡を取らなかった。



      💧 💧 💧

      


 まだまだ夏の暑さが残ってはいたが、ひぐらしの鳴き声に秋の訪れが近いことを感じさせる。

 その日、少し早く家を出てきたアヤは、久しぶりに校門をくぐりクラスに入ると、真っ先にサイの姿を見つけてしまい目を逸らした。


 サイがアヤに気づいてこちらに近づいて来る。まっすぐ歩いて来る。もはや対峙することは避けられない……と思った時、サイはアヤに見向きもせず、スーッと横を通り過ぎクラスの男子に話しかけた。先日、一緒に海にも行った男子だ。


 (……え?)


 今まで一度も、サイにそんな態度を取られたことなどない。アヤは一瞬で体が凍り付いたように動かなくなってしまった。

 当たり前だ。

 こちらから門戸を閉し、拒絶していたのだから。

 しかし、アヤの心は我儘だった。

 視線の先で、サイが男子と楽しそうに話をしている。そんなサイの行動に苛立ちを感じてしまう。

 そしてそのあと、サイと男子生徒は2人で教室から出て行ってしまい、しばらくの間戻って来なかった。


 ホームルームが始まるまで四十分位あっただろうか、ようやくサイがクラスに戻ってくると、何事もなかったかのように席に着いた。

 アヤは授業中も一番後ろの席のサイが気になってしかたがなかった。授業の内容もさっぱり頭に入って来ず、ソワソワするばかりの午前中を過ごした。


 昼休み、いつもならグループの仲間と弁当を食べる時間だ。すると、麻衣がアヤのところへやってきて、


「晴れてるし、中庭で食べよ」


と、声をかけてくれた。

 チラッとサイを見ると、他の皆と一緒にアヤにニッコリと笑いかけている。

 自分の方から連絡も取らずにいたのに、あんなに顔を見るのが辛いと思っていたのに……。アヤは、サイの笑顔ひとつで心の全てを持っていかれるような感覚に、もうどうにでもなれと思った。


 しかし、自分はずるいと、一方でそう思ってもいた。

 この純粋でない気持ちを、きっとサイは見抜いてしまっているだろう。

 今までは、ただまっすぐに『好き』と言う感情だけでサイを見ることができたのに。今は自分の罪に背を向けて、欲望のままに生きようとしている。『背徳感』という感情が、アヤの胸の内を支配していた。


 中庭で、自分の隣にアヤを座らせると、サイはいつものふんわりとした笑顔でこちらを見ている。

 弁当を広げ、皆と雑談しながら、笑いながら食べる。今までと同じ空間に身を置くことができている。

 自分の罪は……このまま、何もなかったように過ごしていいのか?どんどんズルくなるこの感情に流されてしまっていいのか?


 「アヤ、今日の帰り皆で新しくできたカフェに行くんだけど、一緒に行く?スフレパンケーキがおいしいんだって」

 

 サイの誘いが心の底から嬉しかった。


 (私、この笑顔が好きだ。この声も、仕草も、サラサラの髪も、長い手足も……。サイの全てが好き)

 

 もうこの気持ちは止められなかった。


 昼休みが終わり、教室に戻ると麻衣がボソッと言った。

 

 「うちのクラスの男子、これだけだっけ?」


 アヤは、麻衣の言葉にくるっと周りを見渡した。


(そういえば、空席こんなにあったかな?)


 座ってない席が一つ、二つ、三つ……欠席だった?でも、誰の席?


 ガラガラと教室のドアが開き、英語の教師が入ってくる。いつもと変りなく午後の授業が始まった。


 

      💧 💧 💧



 夜、サイからの着信に飛びついいたアヤは、もう一時間以上、ベッドの上でゴロゴロしながら、たわいもない話をしていた。

 今日食べたスフレパンケーキが、とびきりおいしかったこと。数学の時間に麻衣が問題に答えられず、黒板の前で四苦八苦していたこと。夏休みの間にカップルになった者が何人いたか……。

 そのうちの1組に、


「私達も入るよね?」


と、サイが言ったものだから、アヤはスマホを耳に当てながら顔を真っ赤に染めた。


 「……うん」


 「私、アヤが大好き。連絡取れなかった間、ずっと不安で死にそうだった」


 同じだ。サイも自分と同じ気持ちでいてくれた。

 ホントはもっと他に話さなければいけないことがあるのは分かっている。でも、今日のこのサイの告白が消えてなくなってしまいそうで、水をさすようなことは言いたくなかった。


 「私も、サイのことが好き」


 お互いの気持ちを確認し通話を切ると、その晩アヤは安堵感と幸福感に包まれて眠った。しばらくの間まともに眠っていなかったものだから、夢を見ることもなく、この先に何が待っているのかも知らず、深い眠りについた。



           つづく




 

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