💧 第13話 水 明 💧


 十年前のあの夏の日、キャンプに出掛けた先でサイの家族と出会った。

 偶然となりのサイトにテントを張っていたサイの家族とは、子供同士が同じ年齢ということもあって交流を持った。


 サイの家族と、一緒に来ていたハジメの家族とはとても仲がよさそうで、ハジメ、サイ、それにレン。楽しそうに遊ぶ三人にアヤもすぐに打ち解けた。


 「アヤちゃんはホント面白いね」


 レンがアヤのことをそんなふうに評価する。そうだ、アヤは人一倍明るい子だった。どんな時にも笑顔を絶やさない、ゲラゲラと大きな声で笑う天真爛漫な子供だった。

 三つの家族はその晩、楽しく夕食を共にした。


 次の日の朝、サイとレンとハジメとアヤは朝食を済ませると、四人でキャンプ場内を流れる大きな川沿いで遊んでいた。

 夏の川遊びは楽しい。

 サイとハジメはスイミングスクールに通っているようで、泳ぎが得意だった。

 両足に足ひれを着け、シュノーケルを咥え潜水し、川底の魚を見たりして楽しんでいた。

 その頃のアヤも体を動かすことが大好きで、やはりスイミングスクールに通っていた。

 レンはと言うと、あまり運動は好きではない様子で三人が川に入って楽しそうに遊んでいるのを母親と一緒に、ニコニコしながら見ていた。

 しばらく遊んで川から上がると、アヤとハジメは川沿いにあった大きな岩の上に座って話をした。


「アヤちゃんは、となり町に住んでるんだね」


 ハジメはアヤの明るい性格と、くるくると活発に動くまんまるで大きな瞳と、弾けるような笑顔にすっかり虜になっていた。

 となりに座ってアヤの顔を見ているだけで、とても楽しかった。


 「うん、そうだよ。歩いて行ってもそんなにかからないんじゃない?今度、ハジメくんの家に遊びに行ってもいい?」


 「え?いいよ!うん、いい!待ってるよ」


 そんな会話をしているのを、大きな岩の下で八歳とは思えないくらい大人びた双子が、じっと見ていた。


 「ねぇ!それって私たちも一緒ってこと?」


 レンが大きな声で話しかけてくる。レンはホントに良く笑う子だった。アヤともハジメとも、よく気が合って子供同士の楽しい会話は尽きることがなかった。

 

 一方アヤはと言うと、全く子供の会話には入ってくる様子がなかった。まるで小さな子供のお守りでもするように少し距離を置いてじっと三人の様子を見ていたし、いつもつまらなそうに口をへの字にしていることが多かった。


 「もちろんだよ!」


 「レンちゃんもサイちゃんも、また一緒に遊ぼうね」


 そうしているうち、レンとサイの母親が子供達に声を掛けた。そろそろ、テントを畳んで帰ると言う。


 ハジメが『男』を出して、もしくはアヤにいいところを見せようとしてテントの撤収を手伝いに行くと。後に残されたアヤはサイとレンと一緒に大岩の上に並んで座って、川の流れを見ていた。


 「アヤちゃん、そのバッグにつけてる鈴、可愛いね」


 レンがそう言って、アヤが肩から下げていたポシェットにつけていたピンク色のハート型をした鈴を指さした。


 「これ?ママがくれたの」


 「いいなぁ。うちのママはそんなかわいいの買ってくれない。私がかわいい物

見つけても子供っぽいって言って、全然かわいくない物ばっかり買うのよ」


 レンはその可愛らしい頬を少し膨らませて、拗ねたように言った。


 「ね、それちょうだい。ダメ?」


 そんな様子を見ていたサイが、唐突にそう言いながらアヤのポシェットに手を伸ばした。


 「え?これはダメ!」


 アヤが驚いて立ち上がり、ポシェットを自分の背中の方に引き寄せて鈴を守ろうとした時だった。


 「キャーッ!」


 叫び声がしたかと思うと、次に大きな水音がした。

 アヤが振り返ると、さっきまでそこにいたはずのレンの姿がない。慌てて川を見下ろすと、そこに両手を上げてバシャバシャと必死に水をかくレンがいた。アヤが鈴を守ろうとして引いた肘が不覚にもレンを押し、レンは勢いで足を滑らせ川へ転落してしまったのだ。


 「レンちゃん!」


 気が動転していたアヤは大岩の上で、うっかり一歩前に足を踏み出して滑り、そのまま川へ落ちてしまった。

 川の流れは速かったが、泳ぐことが出来るアヤはすぐに水面に顔を出した。

 周りを見て、すぐにレンの姿を探すと、流れの先の方に小さな頭が二つ見えた。

 レンと、サイだ。多分、サイもレンを助けるために飛び込んだに違いない。

 ホッとしたのもつかの間、アヤは次の瞬間突然目の前が真っ暗になった。速い流れに乗って、上流から大きな流木がアヤの頭めがけてぶつかってきたのだ。


 アヤの体からすべての力が抜けていった。自分の両手が水中で漂うのがわかる。息が苦しくなり、目を開ける。


 水中で上を見上げていると、太陽がキラキラと水面に光って、波紋が美しい。

誰かが自分の腕を掴んで、引き上げようとしている。


 ……サイだった。


 尾ひれだと思っていた。人魚だと思っていたそれは、足ひれを着けたサイだった。

 サイの顔を見ていると、何故か目の前でチカチカと映像の断片が映る。しかしそれは断片すぎて、いったい何のことなのか全くわからなかった。


 

      💧 💧 💧



 川から引き上げられて、河原に寝かされているアヤの頬に、サイの長い髪からポタッポタッと雫が垂れて落ちる。

 ゆっくりと目を開けると、太陽のまぶしさでサイの顔が良く見えない。


 「……おきて。大丈夫?ねぇ、起きて」


 サイがアヤの頬を撫でてゆっくり顔を近づけ、耳元で囁いた。


 「アヤ、思い出して」


 言われなくても、思い出した。

 サイの妹、レンを死に追いやったのは……自分だ。


 遠くで、レンの名前を呼びながら泣き叫ぶ、母親の声が聞こえる。

 アヤは、激しい頭痛に襲われてそのまま気を失った。



           つづく





 

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