💧 第12話 引き潮 💧
アヤは、頭の中に映し出される映像の断片をどうにか繫げようとした。
水中で見上げていると、太陽がキラキラと水面に光って、波紋が美しい……。
いつもの夢。人魚、小さな女の子、それと男の子、アヤ自身が水中深く沈んでいく様……ピンクの鈴……血……苦しくもがく自分の手?
パズルのピースを並べるように、記憶の型にはめていく。
もう少し、もう少しで何か判るかも……と思った時、まるで思い出してはいけないとでも言わんばかりに、激しい頭痛に襲われた。
急な頭痛に息が苦しくなる。
口から出る大きな気泡が、いくつも自分の目の前を上に向かって通り過ぎていく。
さっきまで固く繋いでいたサイの手はいつの間にかアヤから離れ、もうどこへ行ったか分からない。息ができない、意識がどんどん薄れていく。体はもはや動かなった。
きっとこのまま沈んでいくのだろう。
しかし、アヤはなぜかその方がいいに決まっていると、心の底で思っていた。
一瞬で目の前は真っ暗になった。
💧 💧 💧
頭までザブンッと潜って、水の中で目を開けると、サイは周りをぐるっと見渡した。
(えっ、アヤ?)
気付くのが少し遅かった。
サイは久しぶりに海に入った心地よさで、もしくは泳げると言っていたアヤの言葉を信用していて、まさかアヤが溺れているなどとは全く思ってもいなかったのだ。
アヤがどこにもいない。
急いで水面から顔を出すと、辺りを見る。……いない。もう一度水中を覗くと、遥か下の方にアヤの頭が見えた。
(いた!)
サイは物凄い勢いでアヤの元へと潜水していった。
それはまるでイルカのような、水の抵抗など全く感じさせない泳ぎで、一直線にアヤの元へたどり着くと、力なく沈んでゆくアヤの手を掴んだ。
アヤがふと気付いてサイの方を見る。
(良かった、意識がある)
サイがそう思った瞬間、アヤが一瞬目を見開いて驚いたようにサイを見たかと思うと、突然暴れ出してサイの手を振り払った。
せっかく掴んだ手はあっけなく離れ、アヤは再び海の底に沈んでいった。
一度離れた距離は水の流れもあってなかなか縮まらず、サイは必至に泳いで、もう少しでアヤの元へたどり着けると思ったその時、自分よりも早くアヤの腕を掴んだ者がいた。
生田だ。
生田は、アヤの体に腕を回し、グッと掴んで勢いよく水面へ上がっていった。
そのまま、足の着く場所まで引っ張っていくと、アヤの華奢な体を抱き上げて砂浜まで運んだ。
追いかけながらサイは、一部始終を見ていた。
砂浜まで来ると、アヤの上に覆いかぶさるようにしていた生田を思い切り横へ押しのけ、サイはアヤの顔を覗き込んだ。
「アヤ、アヤ?!」
サイはアヤの頬をペチペチと叩いた。それでもなんの反応も示さないアヤを見て、生田が慌てた。
「きゅ、救急車!」
そう言って海の家の方向の走り出そうとすると、
「ハジメッ!大丈夫、大丈夫だから」
サイはそんな生田を静止すると、アヤの呼吸を確認し、何度か声をかける。
そして、全く息をする様子のないアヤの頭を持って顎をあげ気道を確保すると、人口呼吸を始めた。
「麻衣、数えてて」
近くにいた麻衣に指示すると、アヤの口に思い切り息を吹き込み、そのあと胸の中心に両手を重ねて何度か押す。
それを三回ほど繰り返した時だった。
アヤが、ゴボッという音とともに海水を吐き出して息を吹き返した。
咳き込みながら、アヤはゆっくりと目を開けた。
太陽がまぶしくて上手く見ることができない。何度か瞬きをして、自分の目の前にあるものを見ようと試みる。
ポタッ……ポタッ……と、アヤの顔に冷たい雫が落ちる。
上から見下ろしているのは、サイだ。
……そう、あれはサイだった。八歳の頃のサイ。今と同じように自分のことを心配そうに見下ろしていた。
「大丈夫?アヤ」
(何が?自分が溺れていたことが?
それとも……思い出してしまったことが?)
アヤは思い出した。
小学三年生のあの夏休み、サイに初めて出会ったあの時のこと。
幸せいっぱいで満たされていた気持ちが、引き潮のようにスーッと引いていくのを、こんなはずじゃなかったとアヤは思った。
つづく
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