💧第6話 漣〜さざなみ〜💧
明日から夏休みが始まる。
クラス全体がソワソワしているようだった。皆受験生で、この夏休みが勝負だと思っている者も少なくない。
アヤはと言えば、小さい頃からの積み重ねで勉強の方は心配ない様子だ。とりあえず、塾の夏期講習には通うつもりだが、まわりの者から見れば、それはそれは涼やかな顔をしている。
志望の大学もほぼ合格圏内であるし、将来は司書になりたいという夢も持っている。
「いいよな~。アヤはホント頭良くてさ。あたしなんか、教科書見るだけで眠くなっちゃう」
三校時が始まる前、麻衣が自分の席ではないにも関わらず、堂々とアヤの目の前の席に陣取って後ろを振り返り、両肘をアヤの机についてぼやいていた。
アヤが麻衣の話をニコニコしながら聞いていると、サイが左手を首から吊り下げてクラスに入ってきた。
それを見たグループのメンバーや、他の生徒たちはざわついた。特に男子はたいそう大げさに、
「サイ!ど~したんだよぉ!何があったんだぁ~!」
なんてふざけながら、サイの周りをくるくる回ったりして見せた。
サイもそれに乗っかって、
「名誉の負傷~」
と、その場で一回転しながらすまし顔で自分の席に座った。
アヤは、病院にいたサイからのLI〇Eで知ってはいたが、
{ただの打撲}
{腕吊られた}
{メッチャ、大げさ!このまま学校行くの、ハズイよ~}
と、来ていたものだから、なんだかサイの態度が面白くて、思わず吹き出してしまった。
そうして、チラッとサイを見ると、
(何笑ってんのよ~)
って、顔でこちらを見ている。
サイの周りに仲間が次々に集まってきて、そろそろサイの顔がアヤの席から見えなくなってきた。
アヤは自分の席を立ちあがってサイのところへ歩いていき、仲間とひとしきり楽しく雑談した。
どんどん、普通の高校生になってゆく。
いつも一人で読書ばかりしていた、あの時間には感じたことのない、ワクワクとドキドキとが、常に小さな波のようにやってくる。
アヤには周りの景色すら、今までとは全く違ってキラキラ輝いているように見えた。
💧 💧 💧
四校時目が終わり、昼休み。
アヤとサイはいつも通り、仲間たちと一緒に中庭で弁当を広げて食べていた。
サイがアヤの弁当箱からハンバーグをひとつ譲ってもらい、代わりにチーズの入った豚のロールカツをアヤの弁当箱に入れようとしていた時だった。校舎の方から男子生徒が一人グループの方に近づいてきて、サイに声をかけた。
「望月。ちょっといい?」
そこにいた全員が男子生徒の方を見た。同じクラスではない。
「
去年、生田と同じクラスだった麻衣が言うと、
「ちょっと、望月に話があんだよ」
と、ぶっきらぼうに答えた。
よほどバツが悪いのか、生田は落ち着かない様子でチラチラと何度もこちらに目線を移した。
サイは仕方ないというように立ち上がって、生田の後について校舎の端まで歩いていくと、立ち止まって話始めた。
生田はバスケ部のキャプテンだった男だ。インターハイも終わり、つい先日引退したばかりで、有終の美とまではいかなくてもそこそこ成績を残し、活躍してきた。この二年半、バスケ部を引っ張ってきた実力者だ。
おまけになかなかのイケメンで、女子にはけっこうな人気があった。
今まで部活に相当力を入れてきて、あまり浮いた噂も聞いたことがない。彼女はいないと皆知っているから、狙っている女子はたくさんいるはずだ。
そんな生田が、サイに声をかけてきた。
これは確実に告白されるに決まっている。グループの誰もがそう思った。
アヤもそれは同じだった。そしてそれは今までに一度も感じたことのない、得も言われぬ複雑な感情を伴った。
さっきまで穏やかで、優しい時間が流れていたのに。
鎮まりかえっていた水面に突然風が吹き、さざめく波がアヤの心をかき乱した。
心臓が飛び出るかと思うくらいドキドキし、サイの存在が遠くなってしまうかもしれないという恐怖と悲しみで、アヤの心は押しつぶされそうになっていた。
今にも涙がこぼれそうだ。
(どうしよう、泣いたらみんながどう思うかわからない)
そんなことを思っているうちに、サイがグループのところへ戻ってきた。
「ただいま」
サイは、表情を変えることなく、まるで何もなかったみたいにスッと元いたところに座ると、さっき交換したハンバーグを口にあんぐりと放り込んだ。
「ちょっとぉ~。なんて返事したのよ。告られたんでしょ?あの、生田だよ。もちろんOKしたんでしょ?」
麻衣がしびれを切らして前のめりに聞くが、サイは平然としていて、モグモグと口を動かしながら、チラッと隣にいるアヤを見た。
アヤは少し俯いて、片方の手でスカートをキュッと握っている。
サイは口角をあげて笑うと、
「おしえな~い」
と、言った。
『え~っ!』『なにそれ~』
皆が一斉にブーイングしている時、アヤは余計にスカートをギュッと握りしめていた。
(かわいい)
サイはアヤの反応がかわいらしくてたまらなかった。
「彼にも、プライドがあるでしょ?しゃべったら悪いから」
「ほらっ!やっぱり告られたんだ~。いいなぁ~。美人は得だねぇ」
麻衣が揶揄うようにアヤの肘をつつく。
「こらっ、痛いって!」
「あ、そうだケガしてたんだっけ。ごめん!」
ふざけた会話をしている最中も、アヤはちょっと口をへの字にして下を向いている。
サイがスカートを握りしめていたアヤの手を、上から優しく包み込むように握ると、ハッと気付いたアヤがゆっくりとサイの顔を見上げた。
サイはいつものように、ふんわりと優しい笑顔を見せていた。
(その笑顔はなに?どういう意味?)
首をかしげてサイを見ていると、まるでアヤの気持ちを全部知っているかのように、一度だけ目を閉じて軽く頷いた。
それは、『大丈夫だよ。なんでもないから』と、言っているようだった。
アヤは、小さく深呼吸すると強く掴んでいたスカートを離した。
みんなが生田のことに対して話をしていると、麻衣が話の流れで、
「こんだけ美人なら、前の学校でもモテたでしょ?サイ・・・そういえばサイ、前の学校どこだっけ?聞いたことなかった。ね、どこ?」
と、言い出した。
そういえば、アヤも知らなかった。
バスで助けられた時には、ぼんやりしていて、サイの着ていた制服がどこの学校のものだったかよく分からなかった。
するとサイはニコニコしながら、
「それはね……」
と、言って麻衣の耳元で内緒話をするようにコソコソと話した。
「ふ〜ん」
麻衣は、頷きながら納得したように自分の弁当に目線を下げ食べ始めた。
「え?なに、どこどこ?」
と、となりの生徒が耳を寄せてきたので、サイは同じように内緒話をする。
「ふ~ん」
と、同じ反応をする。
その場にいたアヤ以外の4人に同じことをすると、皆何事もなかったかのように雑談したり、弁当を食べたりし始めた。
アヤはキョトンとその様子を見ていたが、最後にサイが自分の方に近づいてきたので、耳を寄せた。
サイはアヤの耳にふぅっと息をかけ、それから『チュッ』と音を立ててキスをした。
アヤはドキリとした。
(私にだけ、キスした?!)
そのあとサイが何やら小さく呟くと、耳の奥でキーンと耳鳴りがして、一瞬だけ目の前が真っ白になった。
昼休みはいつも通り、サイへの質問など何もなかったかのように、楽しく弁当を食べ雑談をした。
サイは片方の口角をあげながら小さな声で、
「みんないい子」
と、つぶやいた。
つづく
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