第4話夕暮れの土手で


「はあ、やってしまった......」


 姫織は一人寂しく土手の上でしゃがみ込み、日が沈むのを眺めていた。

 せめて、ほんのひと時の間だけでも一人にしてほしいと、そう願って。


「兄さんのクラスであんなことを叫ぶなんて......」


 姫織はそうして一人でため息をつく。

 季節は春のはずなのに、ほうっと白い息が浮かんできそうなほどに、姫織は酷く落ち込んでいた。


 無論、姫織も失敗をしないわけでは無い。人並みに失敗を経験し、その経験を生かし、次に繋げる。

 誰しもが、当たり前のようにやっていることだ。

 だがしかし、何処かの誰かはこんな言葉を残している。


 経験とは、誰もが自分の過ちにつける名前のことだ。


 そう、過ちなのだ。人は失敗し、その失敗から学び、その経験を次に繋げる。もしこれが、誰もが憧れるヒーローだったら、何者にも屈しないヒーローだったならすぐに立ち直れるのかもしれない。

 だが、姫織はまだ中学生。失敗を糧にしすぐに前に進むには、まだ心が幼い。

 そう、幼いのだ。

 姫織は一人だけでは立ち直れない。

 



 ☆★



「はあ......きっと、兄さんにも嫌われましたよね。大声であんなことを言って、兄さんに恥をかかせてしまうなんて......」


 姫織自身も不思議だった。まさかあの程度の言葉、姫織が気に留めなければよかったはずなのに、つい大声で怒鳴ってしまったことに。

 そう、これではまるで、


「私が大好きなお兄ちゃんの悪口を言われて不機嫌になるブラコン妹みたいじゃない!!」


 本物のブラコンは自覚がないのである。


「はあ、この後どうしましょうか......」


 姫織は、一人で帰るのが憂鬱になっていた。家に帰れば嫌でも兄と顔を合わせなければいけなくなる。

 そんな、状況姫織自身が耐えきれるはずがなかった。

 だが、そんな時、


「やっと......見つけた......」


 姫織が後ろを振り向くとそこには、膝に手を置き、息を切らしている龍彦がいた。


「兄さん!!」


 姫織が驚きの声を上げるが、それには何も返さず、代わりに手を差し出し、


「ほら、帰るぞ」


 優しく微笑みながらこっちを向いた。



 ☆★



 二人は手を繋ぎながら帰り道を歩く。

 誰かに見られでもしたら大変な騒ぎになること間違いなしだが、姫織は手を離さなかった。

 今日くらいは、そうして置きたい気分だった。

 二人で歩いていると、ポツリと龍彦が話し始めた。


「今日クラスであったことだけど」

「はい......」


 姫織は覚悟した。兄に何を言われてもしょうがないと。

 だが、


「俺は嬉しかった」

「えっ」


 想像していたことと大きく違い、姫織が焦って顔を上げる。


「お前がそこまで俺のことを思っていてくれたなんてな。だからさ、お前はもしかしたら気にしているのかもしれないけど、今日のことを俺は気にしない。お前のその気持ちが聞けて俺は本当に嬉しかったからさ」


 これは、龍彦の本音なのだろう。龍彦の横顔を見て姫織はそう思う。


「お互い、疎遠な時期もあったから心配だったんだけどな」


 姫織は、ふっと笑う。今の私はもう違うと。今の自分にはちゃんとした目的があるのだと。

 姫織は再確認した。


「私たちは、仲良し兄弟ですものね」


 この兄を必ず籠絡させて見せると!!






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