第3話 肯定されたかった男(2)
2回目。されどその女との再会は2回目に過ぎなかった。
たまに振り返ることこそあれど、1年前に起こった衝突事故のことを四六時中意識しているヤツなんて、滅多にはいないだろう。ワシもそうだった。何度探してもあの青髪の女は見つからなかったし、狐や狸に化かされたのではないかという気持ちもないわけではなかった。親や医者が頭を打った際の幻覚を疑うもので、ワシ自身も半ばそう考えるようになっていたのだ。
しかし。あぁ、1年前のあれは本当にあったことなんだな。
そう確信を得られたのは、自転車と共に空中を舞ったあとのことだったよ。
またしても突如として現れた女に激突したワシは、一年前と同じようにやはり自転車に乗っていた。友達と待ち合わせしていて、海に行く途中だった。水着と着替え、冷凍庫でひやしたスポーツドリンクと少しばかりの小遣いをリュックサックに詰め込んで、海まで続く下り坂を勢いよく自転車で駆け抜けていた道の途中。女はやはり前触れもなくワシの前方10m付近に現れたのだった。
女の頭上をビューンと飛び越して、ガシャンとアスファルトの道路へ自転車と一緒に墜落した。頭を固い地面にぶつけるような惨事を避けられたのは、やはり愛用のリュックサックのおかげである。一年前と同じように、そいつは俺の後頭部を保護するクッション材として機能してくれたのだ。
大の字になって空を仰ぐワシを、女は一年前と同じようにワシの顔を覗き込んでいた。服装は相変わらず黒い上着に黒のプリーツスカート。鼻筋が通ったその顔も相変わらず無表情だ。化粧も施されているが、感情という色がないせいでどことなく無機質に見える。能面とまでは言わないが、一年前と同じように人工物的な印象は拭えなかった。
ただ、20歳前半くらいという印象と同時に、幼い感じもした。
一年前、そいつの顔をそこまで観察する時間はなかった。一言だけ告げてさっさと退場しちまったからな。だが今回のそいつは、すぐには言葉を発しなかった。あまりにじっとこちらを見てくるもんで、それならこっちもじっと観察してやろうとワシは思ったわけだ。そうして頭の中に浮かんだのが、そういう印象だった。
不思議に思ったさ。中学生時分のワシが明らかに年上の女を幼いなんて感じちまうなんて、なんともおかしな話だろう。
このときのワシは、自分の疑問に答えを出せなかった。もう少し考えを巡らせていればその理由に思い至ったのかもしれないが、時間が足りなかった。
まもなくして、ワシは女と初めて言葉を交わすことになる。会話とは、とても言えないものではあったが。
「もっともっと気を付けましょう」
「……どういう意味だ?」
「以上です」
女はそれだけ言うと、俺に手を貸すことなくその場を立ち去った。その後、たまたま通りがかったトラックの運転手にワシは介抱され、再び病院のお世話になった。さすがに2回目となると親は心配して精密検査を入念に受けさせたが、転倒による後遺症はないと結論づけられた。まぁ、ワシは中学卒業まで自転車の利用は禁止され大変不便を強いられることになったのだが、親の気持ちを考えると当然の結果ではあるな。
大体予想はついていると思うが。
翌年も、その翌年も、青髪の女は毎年7月7日にワシの目の前に現れた。
フォーチュン・マテリアル・スカイ 浮椎吾 @ukisiia
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