第7話  言い訳ばかりのJUSTICE

 これは好きな女性にアプローチできない童貞男の、彼女のことを淡々と綴ったチラシの裏の書きなぐりである。


 私が彼女を見たのは、足元から寒さが這い上がってくるような冬の日だった。早朝の仕事を初めて幾月も過ぎていなかった。覚えることがたくさんあったが、清掃というのは慣れていけば単純な労働と化す。人間、できるようになったときが一番楽しいものだ。


 ショッピングモールの開店前は活気づいていた。すれ違い様に挨拶を交わし合う。一日の始まりを特に感じさせる。各店舗の従業員と挨拶を交わし合う中で、一人の女性がスイングドアから歩いてきた。彼女をひと目見た瞬間、春の一番風が胸のうちを吹き通っていった。


 いつものように挨拶をすることが出来ただろうか。私はおそらく吃ってしまったことだろう。あまりの美しさに声が震えてしまった。


 高い鼻筋の通った美人だった。愛らしいというよりは凛としている顔たちだ。私より背が高く、首を少し上げないと彼女の顔へ視線が向かない。身につける服は人を楽しませるようにおしゃれで、最初はモデルが歩いてきたのかと思ったほどだ。初めてであったときの鮮烈さは、季節が変わってもなお私の心音を唸らせてくる。彼女とお近づきに鳴りたいと思うのは、当然の心理だった。


 彼女に話しかけたらいいのに、と思われるかもしれない。

 だがすれ違うだけの私と彼女に、何の接点を持てというのだろうか。


 すれ違いざまに挨拶をすることはできる。もはやすれ違い挨拶は暗黙の了解だったからだ。それ以上踏み込こんでしまうのは、暗黙ではなく衆目となる。彼女が迷惑しないだろうか……と悩むに悩ますこの行為が、未熟な勇気を評していたのは言うまでもないことだろう。


 私はずっとすれ違いざまに挨拶をして、着る服を眺めることしか出来ないのだろうか。

 過去、恋愛と呼べるものは想い人を思う存分想い、結局告白できずに終わったことだ。


 日に日にどうしようもないものばかりが募っていく。夢に彼女が出ると朝のうちに歓喜に打ち震え、それがただの虚無だとわかり消沈してしまう。勇気のない自分を責め続け、挙句の果てには話しかけてこない彼女に怒りを転嫁してしまう。そんな私に嫌気が差してしまう。


 少し変わってみようとジムで体も鍛え始めた。体重は落ちたが理想の体付きとは程遠く、これも彼女に話しかけない理由となっていくのだった。


 人が言葉を生業としているからには、話しかけることが一番重要だと気づいた。


 転機も好機も訪れない。

 

 私には彼女に話しかけるだけのものは、持ち合わせていないのだから。

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