第5話 美食家の生き甲斐


 僕はグルメ評論家を銘打っている。テレビやラジオに出演し料理の感想を披露して、各地の名店を紹介している本も出版している。プライベートでも知る人ぞ知る隠れた店をめぐるのも、ボク個人の密かな楽しみだ。


 人間というのは不思議なもので、味より満腹度の度合いで幸福度が変わるそうだ。B級グルメはわかりやすい味付けと満腹になりやすい炭水化物をふんだん使ったことで、大衆に浸透したのだ。


 B級グルメは所詮、大量の油と塩気の塊だ。そんなもので作られた料理の味は、同じ味にしか感じられなくなる。僕が求めるのは量ではなく、味だ。奇抜なものでなくてもいい。舌に転がしたときの味覚の感覚、歯で噛んだときの食感が寸分の違和感もなくはまったものが、本物の料理だと僕は常々思っている。

 別に世間一般に人を悪く言うつもりは毛頭ない。そこは誤解なきよう。


 今日も、知り合いが勧める高層ビル内にあるフレンチのレストランへ一人で赴いた。

 従業員の接客態度は料理に直接は関係ないが、使用しているテーブルや食器は味を引き立つことがあるので見逃せない要素だ。

 カップルが料理のことなど二の次に夜景と甘い言葉で乳繰り合っているなかで、僕は堂々と背筋を伸ばし寂しい一人客だと思われたことだろう。


 待っているうちに料理がやってきた。コース料理は長い時間をかけて楽しむものだ。せっかちは客としても失格だ。グルメたるのも、店にふさわしい客になるのも礼儀の一つだ。


 前菜から始まる料理たちをふさわしい食器で続々と口にの中へ包んでいく。咀嚼するたび脳が甘くしびれ、耳奥に食材たちの生命の息吹が聞こえてくるようだ。

 ああ、これは当たりだ。お口直しのソーダ水にも命を感じる。こうして、一時間以上をも超える生きるための営みは素晴らしい幕引きで終了した。


 最後の料理を堪能し終えたところで、ウエイターが素敵な笑みを浮かべながら皿を下げていくのをみて、僕は別のものを食べたくなった。僕はウエイターの女の子に言った。

「とても素晴らしかったと、シェフに伝えてください」


 ウエイターの感情を前にだした笑みに、僕は別のお腹がすくようになった。彼女の顔を見上げるようにして、ある店に誘った。君ぐらいの年頃の感想が聞いてみたいと最もな理由をつけると、ウエイターは逡巡のあと了承した。


 そのあと、僕と彼女はカクテルを楽しみあったあと、部屋を取りそこで共に一夜を共にした。僕の口と相性が抜群で、汗まみれになって乱れる姿は何回も味わうほど芳醇だった。


 完全に性根つきたところで僕の横で静かに寝息を立てる彼女をながめつつ、朝一番のニュースをみて驚いた。なんとグルメ仲間が活動を休止するらしい。詳しい原因はニュースの中では語っていなかったが、大方不倫がバレたのだろう。彼女がテレビの音で起きたようで、画面のニュースを見て目を驚かせた。


「この人って同業者ですよね。一体何したんだろ」


「グルメな人はね、欲求が深いんだよ。尋常じゃないくらいにね。だけど欲求を満たすために中毒になってはいけない。身を滅ぼすからね」


 それは数々の美食家が陥ってきたジレンマだった。味覚を満たすために無理な出費をし、借金までする人もいた。欲求が満たないとなれば、別の欲求へ走る。性欲はその最たるものだろう。


「もしすべての欲求を味わうなら絶対にしてははならないことが三つある。まずは借金。身の丈にあった生活をするべきだ。そして運動をしないこと。味覚が衰えるからね。そして最後に結婚だ。最後のは本当にしてはいけない。欲求を制限されてしまうどころか、家庭の料理なんてものによって味覚が衰えてしまう。世の風潮に流された結果、あいつは結婚するはめになったんだろうけど、身の丈に合わず世間に反する行為をとってしまったようだね」


 僕は彼女を優しく腕に抱えながら、人生の教訓を口にした。


「人間、ほどほどに食べて、ほどほどに遊んで、いっぱい寝る生活ができるだけでで十分幸せだ──」

 

 だから僕は毎日、欲望の器を小さくして生きていく。

 ほら、素晴らしい人生ではないか。

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