第6話 練炭術


 轟々と燃え盛る炎の中に、聞くも痛々しい悲鳴が山中に響き渡る。びゅうびゅうと金切る風の音が運んでいるのかもしれない。村人たちは燃え盛る遠くの山を眺め、他人事じゃない思いに慄然としていた。


「あそこは山村辺りじゃろ。村人は平気だろうか」

「雨が降るか、燃える物がなくなるまで待つしかない。せめてこちらに燃え広がらないように祈るばかりじゃ」


 そこに一人の旅人がやってきた。両肩に背負っているのは薪を乗せるもので、一見して遠くから歩いてきたことは足袋の摩耗具合から明らかであった。


「あの、あそこの山って火事が起きているのでしょうか?」


 青年は困り果てたように尋ねた。村人たちは頷いて、同情めいた視線を送った。


「あんたもしかして山を越えようと思ったのかい? だが土台無理な話だ。見ての通り山が燃えちまっている。薪を得ようにも、塵一つ残っちゃいないぜ」


「そう、ですか。なら仕方ありませんね。あの不躾なお願いで大変恐縮なのですが、どこか寝泊まりできるところはありますか。引き返そうにもこの寒さでは夜越せないので」


「宿はないが、俺んちに泊まるか? なに、大層な値段をふっかけやしないさ。ちょっと仕事を手伝ってくれるだけで十分だ」


 青年は顔を明るくして頭を下げた。気前のいい青年に村人は気を良くし、その晩めったにお披露目しない酒をだし、酩酊上等といわんばかりの醜態をさらすのだった。

 一夜明けた。

 村人が朝目覚めると、青年が旅の支度を終えたところだった。


「おや、もう行くのかい?」

「ええ、お世話になりました。お礼に特産の酒を置いていきますね」

 青年が指差すところにはガラス瓶に並々溢れた透明な液体が注がれていた。村人は不審に思った。


「酒って、おめえどこからこんなもんを手に入れたんだ?」

「実は夜中、森の木の実をひろって作ったんです。ただお酒になるには時間がかかるので、三日は軒先から動かさないようにお願いします。味は絶品ですので、昨晩みたいにクイッと飲んでいただければ」


 青年は山火事の方向へと歩きだし、その姿が見えなくなるまで見送った。青年から頂いたものを、村人は三日間大切に軒下に管理する。酒が完成するまで束の間の禁酒まで行った。それほどまでに、青年の酒への期待は増していたのだった。


 そして三日目の朝から、村人はつんと鼻をつくガラス瓶の中身をおちょこに注ぐ。並々溢れたお猪口を掲げに乾杯し、一気に口のなかへクイッと傾けた。


 喉が焼ききれんばかりの刺激が通る。思わず吐き出しそうになるものの、後味はすっきりしていて何だか不思議な味だった。


「面白い酒だなあ。だが体が火照ってしょうがねえや。まあ、熱燗にでもすれば冬越せそうな酒だな」


 何度も酒を飲んでいくにつれて、ふと不思議なことに気づく。全く酔いを感じないのだ。村人はもしかしてと訝しんだ。


「もしかしてコレって酒じゃねえのか? ちゃんと三日経ったよな、うん間違いねえ」


 とんだ偽物を掴まされたと思いつつも不思議な味わいに最後まで飲みきってしまった。そのときだった。

 目の前が真っ赤に染め上がった。

 ふうーっと息を吐くと火の波が壁に激突した。

 こいつはすげえや。

 村人は実は酔っていることを自覚した。でなければ、口から炎が出るはずもない。炎が周囲を逆巻く様を眺めながら、村人は青年と飲み明かしたように無様を晒すのだった。



────────

────

──



 青年は先日訪れた村へ戻っていた。だが本当にあのときの村か判断はつかない。その材料が一切残っていないからだ。


「今度はうまくやったと持ったんだけどなあ」


 規模は小さくしたはずだ。山火事に発展しないように、タール酒は一件のみにした。村が全焼するのは織り込み済みだ。青年はとりあえずいい具合に焼けた木炭を採集しながら、目的の物を探す。


「あった。うん、お見事だね」


 溶けたガラスのようなものが目印となってくれた。

 萎びた大の字のようなものを分解し、薪入れに乗せていく。その真っ黒は物体は、程よく焼けていて素晴らしい出来だった。


「人間からできた炭ってきれいなんだよね。これをどこで売るか……はやく母ちゃんを楽させたいなあ」


 青年はせめてもの供養に両手を合わせた。

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