第4話 それはまるで『事故』みたいに

 この世には不可避の出来事がある。


 生誕、食事、排泄、睡眠、成長。人間は特別な事情を抱えていない限り、これらを回避する術はない。一生つきまとう問題だ。




 だが世の中はこれだけで収まらない。交友、贅沢、勉学、反発……と二字熟語どころか四字熟語の出来事が散乱している。


 特に『異性』の問題に関しては異様だ。


 人の歴史の節目にやってきては、いままで積み上げてきた『価値』をゴミ箱に放り込んでしまう危険をはらんでいる。


 魅了、恋愛、不貞、成就、離別、結婚、不貞……。


 昔から人間は同じ想いを抱えて現代まで生存し続けた。これを断ち切ることは不可能なのだろう。




「冗談じゃないぞ」




 俺はここに宣言する。


 恋愛ができないものを弱者として扱うこの世の中を絶対に許さない、と。


 俺は生まれてから当たり前のように食事をして排泄をし、勉学にはげみ交友を繰り返し、睡眠を迎えることで、成長してきた。人間としてこれほど完璧な者がいるだろうか。いや、いない。俺こそが人類そのものの在り方だ。




 なのにだ。世の中は『異性』を理由に問題を起こし続けてきた。


 人は『異性』に貪欲になり、『恋愛』で精神を狂わせる。そのせいで、人本来の営みを忘れるらしい。食事が喉を通らないだとか、失恋をして夜も寝られないとか、甘ったれの人間と化すのだ。




 恋愛を理由にしてたまるか。この世の中には先人が生み出した『芸術』や、世界を動かすための『仕事』があるのだ。それに精を出せばいいではないか。




 と、思っていた年の瀬のある頃。




 俺は車に轢かれてしまった。




 幸い、命に別条はないが、『仕事』ができなくなった。大事な案件を同僚に渡す羽目になり、俺は生まれて初めて無力を感じた。




 『失敗』は『成功』の元だと聞く。確かに『成長』するには不可欠かもしれない。だが仕事ができないのに、どう成長しろというのだろうか。とりあえずの『勉強』を病室で行っているが、どうにも『行動』しないと気がすまなくなってくる。そうやって年末を無気力に過ごしていると、俺を轢いた張本人が面会にやってきた。




 『異性』だった。彼女は脇見運転していたらしい。この女が俺に無気力をもたらしたと考えたとき、憎悪のようなものが湧き出た。俺は彼女をとことん困らせることをした。


 買い物を頼んだり、マッサージをお願いしたりと傍若無人に振る舞った。彼女は最初は困っていたが、贖罪のために懸命に尽くしたのだった。


 回数を重ねていくうちに、俺達は互いの身の上を知った。




 彼女は就職活動中の大学生らしい。脇見をみていたのは、面接の合否がメールで来ていたからだ。まあ、落ちてしまったんですが、と彼女はあっけらんと言いのけたので、その甘ったれた根性を叱りつけた。彼女はそのまま泣き崩れてしまい、逆に俺が慰めてしまった。




 それ以降、彼女は退院するまで毎日通いつめてきた。俺は年末年始ぐらいは構わないと言ったのだが、彼女は特に予定がないからと一点張りだ。しだいに、彼女への憎しみが薄れ始めるのを自覚した。




 変な感慨だ。仕事を奪い、不自由な身となったのは彼女だというのに、俺は許してもいいと思い始めている。


 それどころか、俺の中に建てたはずの『誓約』が崩れ始めた。


 退院の日、彼女が最後の見舞いに来た。しばらく病院付近を散歩し、何度も尽くした謝罪と賠償について話したあと、なにやらモジモジとしだした。




 まるで不可の大きい処理を目の当たりにしているようだった。言葉にできない、ためらいがあるようだったので、俺は遠慮はいらないと言った。




 すると俺の唇は彼女に奪われた。


 再び事故にあってしまったようだ。


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