第3話 安い買い物

 噂には聞いていたが、まさかこの街の地下で人身売買を行っているなんて本気で思わなかった。


 いいや、見て見ぬ振りをしていただけなのかもしれない。最近、首輪で繋がれた子供の数はあの日を境に増えていった。




 勇者が魔王を倒すために誕生したが、その権威をとことんふるい、ゆく先々で女性を孕ませていったらしい。しかも無理やり関係を強要したともっぱらの評判だ。民意は勇者に対して断罪を要求した。


 世界が救われたあとは、世界の維新にかけて勇者を捕縛、公開処刑となった。彼が孕ませた女性から生まれた子どもたちは、ある理由から悪魔の子と呼ばれるようになった。




「おや、貴方みたいな主婦ががこの場所へやってくるとは珍しい。ここには悪魔の子専門の奴隷しかいませんがよろしいですか?」


「かまわないわよ。うちは子供に恵まれなくてね。働き手くらいは確保したいものさ」 




 彼は満足げにうなずき、『商品』の場へ案内した。


「悪魔の子の価値は年々下がる一方です。理由はもちろんおわかりですね」


「聞いてるさ。悪魔の子は勇者の力を引き継いでいる。しかも殆どが制御できずに暴走。買い手を殺してしまうと評判だ。噂では徒党を組んで反逆を企てているとか。恐ろしい世の中だね」


「勇者が世界を救ったことは感謝していると思いますが、女癖の悪さが新たな災厄を生み出してしまった。実に嘆かわしい」




 薄汚れた布服をまとった子どもたちを眺める。ここにいるだけで五十人はいるのではないのか。


「一番安いのをくれ」


 商人は言われたとおりに目的の『奴隷』を差し出した。見るからに貧相な少女だった。歳は十くらいだろう。彼女を力を封じる鎖でつなぎ、衆目にさらされながら帰宅した。




「ご、ご主人さま。わたしを買ってくださってありがとうございます。文字は読めませんが、家事なら生まれたときからずっと行っていたので出来ます。食事は一食で十分です」


「それはなにかい? わたしに対する口答えかい? あんたの要求は一切飲まない。これからはわたしの言うとおりに生活してもらうからね」


 怯えたように目尻に涙をためる奴隷。名前をつけないと不便だと思い、「お前の名前はヤスコよ。一番安いからヤスコ。ふんっ、我ながら変な名前をつけたものだよ」と突き放すように言い放った。




 次の日から、ヤスコの要求とは離れた生活が始まる。


 分厚い本をどっさりと用意し、ヤスコが音を上げるくらいに、知識を授けた。


 食事は三食取り、ヤスコの体つきはみるみる大きくなり、見違えるほどに美しくなった。


 これからは家事より勉強の時代がやってくると言って、有名な学園への入学手続きを済ませた。




 いつしかヤスコは安っぽい笑みを平気で披露し、たびたびわたしを不快にさせる。そのせいか、体の調子がおかしくなり病床に伏せてしまった。もう、長くないらしい。




「いやっ、死んじゃだめですっご主人さま」




「ふんっ、せいせいするよ。やっとあんたの顔を拝むことがなくなるんだから」




「ご主人さまは、いつもわたしに優しくしてくださいました。どうしてですか、こんなわたしに……」




「さあね。夫に先立たれて、暇を持て余したからじゃないかね。私にもよく分からないんだよ」




「ご主人さま……最後に、一つだけお願いしていいですか」




「ふんっ、奴隷が粋がってるんじゃないよ。けどね、今は気分がいいんだ。言ってごらんよ」




「お母さんって、呼んでいいですか?」




 ああ、この奴隷は悪魔の子だ。死ぬ前だというのに、私の胸に痛みを与えてくる。体が喪失してくる。残る力で頷くと、ヤスコは安っぽい笑顔で「お母さん」と言った。


 安っぽい笑みが移ってしまったのか、最期に笑って逝けたのは幸運かもしれない。 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る