第2話 歓喜

 人は格差を作って、己の存在を証明しようとしている。生まれ落ちたその時から格差は決まっている。


 親がいないもの、または貧乏な家に生まれたものは不運でしかない。


 僕はずっと格差の底辺地にいた。両親は借金苦で、僕を置いて天国へ昇った。施設に預けられた僕は、そこでも人間性についての格差を受けてしまう。


 引っ込み思案なだけで、人より感情表現が苦手なだけで、僕と同じ立場にある人間は攻撃を加えるのだ。




「グズ太は本当にクソみたいな匂いがするぜ」


「死ねよグズ太。俺たち、いいや学校のためなんだ。わかってくれよ」


「この子と同じ教室で勉強しないといけないんですか! そんなの子どもたちが不憫でなりませんよ!」




 同じ施設の子、同級生、同級生の保護者。


 浴びせてくる言葉の数々は、泥のように混ざり合っていく。いつしか僕の中に結論が生まれた。この世にいる意味はない、と。


 はじめて規則を破った。施設を飛び出し、学校の屋上に向かっての冒険だ。踏み出す足は自分のものではないように軽い。


 その軽さは、学校の窓ガラスを割ることの抵抗を薄くした。いつもは大人たちが角を尖らせて子供に怒鳴りつけるのに、反応がないだけで心臓が浮き上がるようだった。体いつしか全ての力を吐き出すように、闇夜の校舎で叫んだ。


 廊下を走っていい。


 消化器のベルを鳴らしていい。


 ハサミを振り回していい。


 おもらしをしてもいい。


 僕は命を捨てるより先に、自由を獲得したのだ。


 ああ、この時間が永遠続けばいいのに──。


 すると、目の前に眩しい光が行く手を遮った。


 見回りの警備員が慌ただしくしながら僕の方へやってくる。手の自由を奪われ、僕は地に伏した。


 ああ、これで自由がなくなる。また格差が押し寄せてくる。


 でも、いまは自由を獲得できるすべを知った。


 もし自由が奪われようとしているのなら、あらがってもいいのだと。


 僕は手に持っていたハサミを警備員の顔に力いっぱい突き刺した。鈍い感触がしたあと、警備員は痛ましく叫んだ。続けてハサミを振り回した。ハサミを振り回していい自由によって、警備員は動かなくなった。ぴちゃぴちゃとその場で跳ね踊った。




「僕は! 自由だあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」




 もう怖いものはない。これからは自由を得るための戦いが始まるのだ。


 朝日が僕を照らしてくれる。


 まるで祝福するかのように、おめでとう、と。

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