第1話 渚のカップ

 世界最高峰のお茶会が幕を開いた。

 最初の議題は、国の情勢からだ。私は開口一番に言った。

「A国では反乱が起きているのですね。やはり、『外の世界』を知ってしまったからでしょうか」

 お茶会は仮想空間上で行われる。無論、本物そのままに参加する者はほぼいない。顔の骨格や性別。立場さえ欺かなければ、いまの世界で生き残ることは難しい。

「仕方がなかろう! A国はただでさえ広いのだ。お前らのように国土が小さい国にはわからないだろうがな。一度、反乱軍なんてものを作られてみろ。奴らはそれこそ雑草のように増え続けるのだぞ」

 A国は内戦の真っ最中だ。死者は百万人をも超えるとのこと。するとA国の含み笑いが届いてきた。

「まあ、最近は『除草剤』が出来たみたいでね。これで奴らを一掃できるのだ。しかも環境にも良い。なにせ、一定の量を体に取り入れたら、体内のタンパク質が反転してオートファジーを引き起こす。今度はその細胞が進化して、体内物質を食い尽くすようになる。臓器や血液、さらには骨までだぞ。これが何を意味するのか分かるかね?」

 尊大な声に私は耳が痛くなる。他の重鎮たちも首を傾げていた。

「決まっているさ。遺体の処理が簡単になるんだ。これは人類にとって最高の兵器さ。遺体は気化して塵一つ残らなくなる。まさにエコロジーとテクノロジーの融和に他ならない!」

 韻を踏んだことに一同呆れ返っていた。お茶会は更に進んだが、最終的にはA国の憂慮に話が続くだけにとどまった。お茶会とは他愛ない話ばかりが続くものだ。

「さて、そろそろお開きの時間になるのかな。仮想空間も進化したものだな。いまの我々は本当の姿ではないが、意識は間違いなく『そこ』にある。コンピューターが証明してくれるのだから」

 A国からにじみ出る年寄り感がすごい。『コンピューター』なんて死語をまざまざと使うとは。お茶会の終わりには、土産物を捧げる決まりになっている。今回はB国だ。

「君の国の品は味気ないものばかりだからな。無理もないがな」

「今回ばかりは一流の物を用意しておきました」

 私は思考を開示し、各国の参加者に土産を差し出した。

「これは、カップ? なぜ飲料水の娯楽品を我々に?」

 それだけではない。私はカップの中に水を注ぐよう思考した。

「皆様好みの味付けにしてみました。一杯だけですが、極上の味を楽しめます」

 みな、あからさまにがっかりしていた。これが仮想で楽しむものではない。そう言っているようだった。

「がははっ、やはりB国は貧困だな。だがせっかくの好意だ。無下にするのは我々の権威にも関わる」

「ご行為感謝します。せっかくですから、一斉にどうですか? 今回のは自信があるんです」

 私がそう提案すると、渋々といった様子でカップを手に持った。全員が持ったのを確認してから、私は宣言をした。

「では、蒼き世界に永遠の存続を!」

 私達はお茶会のコンセプトを一斉に言い放つ。そしてカップを手に取り、口元へ傾けた。

 ガラスの割れる音が一斉に響いた。

「むぐっ、な、なんだこの頭の痛みはぁ……」

 予定通り、仮想空間が揺らいだ。彼らは苦しげに顔を歪め、存在証明が薄れはじめていた。

「貴様、これは一体何だ……B国!!」

「いえ、先程興味深いお話されてたじゃないですか。除草剤でしたっけ? あれは例えで表現したのでしょうけど、それと同じようなものをカップの飲料水に仕込んだんですよ。つまり、あなた方が仮想世界での存在証明を消し去る成分(プログラム)をね」

 誰もが動揺と恐怖にあえいでいる。そんなことができるわけないと、なじるものもいた。そういう人間は『新世代』の技術に全く疎いと暴露しているようなものだ。

「いいですか? あなた方は仮想世界へ飛んでいる。現実世界のあなた方はきっとベッドの上に寝転がっていることでしょう? ですが、人間というのは『脳』があるからこそ人間なのです。その思考全てを仮想世界へ飛ばしている今、あなたたちという存在はここにしかない。つまりは、あなた達はここで消えてしまうということです」

 簡単に言い換えれば脳が死んでしまうのだが、阿鼻叫喚の彼らには聞こえていないだろう。続々と存在が消えていく音がする。それは潮騒のように静かに砂をひいていく音に近かった。

 なぜこんなことを。決まっているさ。私は仮想世界から現実へ戻ったあとに言った。

「だってA国もC国もいらない人が多すぎる。こんなんじゃ、子供がまともに育たないよ。腐った大人は排除するに限るよ」

 そうして私──いや、僕は部屋から飛び出した。

 今日はママと一緒にごはんを食べる日だ。

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