第13話 抑止力ごっこ



この遊びはちょっとした討論のときに使う。話し相手同士で向かい合い、それぞれの手にナイフを持つ。お互いの首にナイフの切っ先を当てて話し合うというものだ。

こうすることで『個人』や『組織』の枠を超えた『言葉』同士で語り合うことができる。

少しでも気に入らないと感じた場合、ナイフは綺麗に滑るがそれを察知した者も同様の条件である。

死ぬかもしれない恐怖が、相手の理解を強めていく──かもしれない。




「無駄話はここで終わりにしよう。いい加減、利権の主張に疲れてきた」


 官僚の腹の腹の探りあいはまどろこっしくて、時間の無駄だ。私は討論の方法にちょっとした趣向をこしらえた。


 まずは椅子を二つ用意し、一対一で向き合って座る。それからお互いに刃物を手にする。それからお互いの首筋にナイフをあてがい、討論するという形だ。


 これには誰もが噴出した。野蛮で何の意味をなさないと。だが己の主張だけを押し通そうとして、無意味に時間を引っ張る行為こそ、人として野蛮ではないだろうか。

 結局はお互いの利権を守りたいだけなのだ。大切なのは議論をかわして、折り合いをつけることではないだろうか。


 故に命をかけたほうが、無駄に労力をかけず、端的なコミュニケーションで問題解決に動くのではないのか。とりあえず、今の議題を代表者を選出して、この討論をしてみようと流れに持っていった。比較的若い人議員は、目新しさに飛びつく傾向がある。


 討論内容は「移民問題」についてだ。現在、南の国が大規模の嵐に見舞われ、多数の死傷者が出ていた。住まいを失い、難民は生きるために周辺諸国の国境沿いに集合している。積極的に受け入れている国がいるなか、我が国は受け入れに渋っている。世論も、受け入れ拒否のほうへ傾いている。


「現在、我が国の国境沿いに数々の難民が集まっています。国境を超えることはできませんが、有志のボランティアが国境を超えて炊き出しなどを行っています。しかし、その状況は長く続かないことは明らかです。国民ではないからと言って、助けない道理はないはずではありませんか」


 若い人はナイフを持ち、やや感情的な言葉を発している。反面、年老いた議員は冷静だった。


「忘れていないかね。我が国もあの嵐で決して少なくない被害を被っている。手を貸すのは我が国としても賛成だ。それでも助ける優先順位を決める必要がある。国民が明日を暮らせるために、国というものは有事に備えてきたはずでは?」


 暗にあらゆる事態を想定しなかった向こうの国を批判している物言いだ。さすがは年の功、裏に隠した言葉の意味に気づく者は感情をむき出しにさせる。現に若い議員のナイフが震えた。


「人が、死ぬんですよ。今日を生きることにも必死な者が、明日も迎えられずに朽ちていく──。この国の人間は、贅沢を分けることもできないというのか」


 若者の主張に誰もが心動かない。老議員は冷静に若者を見ている。ナイフに物怖じとしない。


「国民に責任転嫁するか。……嘆かわしい。その嘆きをしている暇があったら、己の価値を制定することだ。今の君は、国家の中枢にいる理想論者でしかない。声を上げるだけでは、何の意味をなさない。保守派の言い分は断固としてこうだ。──国民第一」


 拍手が巻き起こった。保守派は意見を統一させる。その儀式をまざまざと見せつけられた。その中でひときわ大笑いするものがいた。拍手が収まっていくつれて、声の主の甲高い笑いは強まっていった。

 討論に出ている若者議員だった。


「なにがおかしいのだね」


「いやいやっ、今貴方は口にしましたね。国民第一だと。その主張を、その言葉を」


 くぐもった笑い。豹変。彼はいまからカードを切ったのだと、言わんばかりの表情だった。


「隣国と癒着しているやつがよく言う。保守派? 違うな。お前らな保守派の殆どは隣国主義者だ。向こうに都合がいいように古から法律を制定し、文化を築いてきた。何年も昔からそうだ。最初は平等な関係だったんだろうが、近年はパワーバランスが変わってきた。こんなふうにナイフを一方的に突き立てられたみたいにな」


 彼の開いた言葉で、老議員のナイフが震えた。人は表情仕草をごまかすことはできるが、扱いなれていない武器の挙動をごまかすことはプロの兵士出ない限り難しい。若者の指摘は間違っていないのだろう。


 議論はそろそろ決着が付きそうだ。そのとき、老議員が横へと視線をそらした。死の恐怖でそうしたのか。私はなんだか別の思惑を感じられた。老議員はとつぜん嘆息し、若者に向けてこう意見した。


「臆測を持ち出してほしくない。隣国とは相互扶助。その隣国が難民を受け入れたことと、我が国が難民を受けれいないのは別問題だ。あちらは豊かだ。人を助ける余裕がある」


「向こうの恩恵を受け取ってばかりで何もしなかったあんたらの落ち度だ。そのツケは将来、若者に回る。そろそろいいでしょう。いまなら、間に合う」


 主張同士のぶつかり合い。理性的な議論は崩壊し、お互いの手に持つナイフは形骸化している。抑止力ごっこは不成立。この国の法律が殺人行為が損だと証明してしまった。人は恐怖によって、正直にならない。死の状況を認識していないと同義だ。


 たしかにこの国は一見平和なように見えるが、裏では隣国への莫大は金が動いている。向こうはそれで兵器を生産し、軍備を整えている。

 故にこの国が何らかの危機に陥ったときは、真っ先に隣国の支援がやってくる。単純な支配構造だ。

 現に、国民はいざというときは隣国がなんとかしてくれると考えるものが多い。それを嘆いて、若者は根本的な議題へと話の舵を切ったのだろう。


「少しずつでいいんです。隣国の思惑を超えて、我が国が一つの国家であるために、ここは示してみせるべきです。難民を受け入れる覚悟をどうか、ここでとっていただきたいのです」


 若者議員の言葉に、場内がどよめいた。感銘を受けたもの、現実を甘く見ているという嘆き、そして甘汁を奪われてしまうと危惧している不安。特に隣国からの甘汁を吸っている議員たちは、甘汁の存在を暴露され、内心穏やかではないはずだ。


 しかし彼らはある時を境に、冷静な態度で議論を見ていた。私はその理由を看破した。さきほど、老年議員が視線を外したときに策を施したのだろう。現に老議員は腹の底から、勝利を確信したような目つきをしていた。


「果敢なきかな。国土を蹂躙されたその時から、「我が国」なんて誇りはとうに失っていたのだ。隣国は官僚だけに飽き足らず、国民の質も国家に影響を受けている。国家侵略による恩恵を良しとしているのだよ」


「だからこそです。対等に渡り合うことこそが、国民の未来を守る唯一の──」


 抑止力ごっこ。若者は命をかけていることを頭の中から抜け落としてしまったようだ。

 一閃、ただそれだけで首筋の頸動脈から鮮やかな鮮血が噴き出すのだから。


 若者議員が椅子から地面へ鈍い音とともに落ちた。人の生命が容易に消える瞬間を、場内の人々は目の当たりにした。悲鳴と怒号。議論を終わらせた老年議員は、震えた手でナイフを捨て去り、間に立っていた私を見た。


「君がこんな無用な議論を始めたせいだぞ」


「人殺しは初めてでしたか。数々の人間を闇に葬った命を下した重みを感じられたのなら、抑止力ごっこに成果があったと一安心です」


「いかれてるな。まあいい。この様子が世界に広まることはない」


「なるほど、議会の映像を切ったか、別の映像を流したのですね。ですが、ここにいる全議員が黙っていませんよ」


「心配ない。私に連なるもの以外、ここで不慮な事故に合う。それだけの話しだ」


 そう言い残し、老議員とその間者たちは突如侵入してきた隣国の兵に匿われる形で去っていく。それ以外の者たちは激しい銃声にさらされ、バタバタ倒れてしまった。いずれ私もそのようになるだろう。


 だが彼らは自ら引き金を引いてしまったことを知らない。議論の様子をある国へと生中継していることをだ。


「引き金を引いてしまったのなら、他が黙っていない。抑止力に逆らったからですよ」


 人間、本能的に暴力が大好きだ。

 老いぼれた人間でさえ、その方法を持って利権を得てきたのだ。


 未来をよりよくするためには、愚かな事例が必要だ。それを全て埋めていけば、少しはマシな世界になるのかもしれない。


 

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