第15話 100マス九々の意味
松下先生が担任になって3回目の金曜日が来た。この日から、100マス九々のタイムトライアルと枚数に挑戦が始まった。
4時間目の算数の時間、先生が「筆記用具だけ出して、本とノートはしまっておいていいです。」と言った。何が始まるんだろうと思って先生の方を見ると、黒板に100マス九々表が写された。それに名前や数字を入れながら説明が始まった。「右上には、自分の名前を書きます。松下久美子。」「見てる?」と言いながら、みんなを見回し、目線が合うことを確かめている。「その上の 枚 の前には 1 と書きます。1枚目だから。裏にも印刷してあるから、裏が 2枚目になるね。1の段から、横にやる子は2の段~10の段まで、全部、横で書きます。縦にやる子は、全部縦にやります。最初にやるときは、九々を言いながら書いていきます。文部科学省では、6年生卒業段階には誰でも3分程度でできるようにと言っていたと思います。だから、3分以内を目指してください。Aレベルです。2分以内はAAレベルです。1分30秒以内は、AAAレベルです。みんなはどれくらいでできるかなあ。」と言うと、また、みんなを見回してきた。みんな何分か計ったことがないからわかんないなあという表情だ。それを見て、先生が、「全員立って。」と言い、全員が立つと、「今から九々をこの表のように1の段から10の段まで言います。言い終わった子は、座りましょう。誰が一番早いかな?遅い子はどれくらいかかるかな?」と言い、みんなを見た。ちょっと困った顔をしている子もいた。先生は、「3分経ったら、途中でもやめと言います。苦手な子には、どんな練習があるか、その時に言います。」と言い、ニヤリと笑った。
「用意、始め」でスタートした。九々がお経のように唱えられていく。俺が6の段をやり始めた時、先生が「1分。」と言った。もう1分かと思っていると、「終わった!」と言う声が聞こえた。三神君の声だ。急いで7の段から8の段へ行った。先生の「2分」の声が聞こえた。9の段、10の段を終え、「終わった。」と言って俺も座った。半分以上が座っている。
何とか3分以内で座れたと思った。
先生の「3分。」という声が響いたとき、まだ3人言い終わっていなかった。剛力剛君と伊藤節子さんと塚本敏明君だ。先生は、3人を見ながら「練習していこう。この練習をして、1分台になった子が何人もいる。それは、左に答えを置き、左手の人指し指で答えを押さえながら1×1=1と唱え、右の九九表に答えを書く。①見る②頭の中に入れる③唱える④九九表に書く。⑤答えを耳と目で確かめるというように、一度に何回も九々を練習することになり、覚えます。」そう言いながら、答えの書かれている九九表を3人に配った。
次に先生は、「口で言うのと同じスピードで書ければいいけど、なかなか難しい。私のやる100マス九々は、はっきりわかる数字を書きますが、丁寧にゆっくり書く必要はありません。分かり易い数字にするには、〇がある、0、6、8、9は円を閉じることを意識する。そうすると、早く書いても見やすい数字になります。角がある、2、3、4、5、7は、角をしっかりつける。二画になる4、7は、線をしっかりくっつける。これらを意識して書くと、早くても見やすい字にすることができます。」と言ってみんなを見た。そして、「空気に書いてみよう。」と言って0を空気に書きながら、「ちゃんと閉じた?」等と語り掛けてきた。みんな頷いていた。空気に書くのを9までやったら、先生は、またみんなを見回した。
「もう一つ、速く書く方法がある。」と言ってニコニコした。みんななんだろうという顔で先生を見た。すると、「小さく書く。」と言って、マスの下半分になるように数字を書いて見せた。「鉛筆が進む距離が短い方が、速く書き終わる。また、間違えた時、消しゴムを使うと時間がかかるから二本線で消す。その後、上半分に書けばいい。」と言った。なるほど。そう言われれば、そうなんだろうなあという気がしてきた。
そんな思いになった時、先生が「毎週金曜日の帰りの会の最後に、100マス九々タイムトライアルを行います。」と言い出した。俺は、えっ、これを毎週やるの?同じものを?と覚えちゃえば意味ないジャンと思えた。そんな思いが伝わったのか、先生は、「100マス九々のタイムトライアルを毎週やるのは、目的があるからです。」と言った。俺は、3年生でやった100マス九々を6年生でやる意味って本当にあるんだろうかと思った。
先生は、「続けていくと、タイムは速くなりレベルが上がっていきます。力のグラフを作ったら、練習を続けると右上がりになり、力が高まっていることが感じられます。この自分の伸びを感じてもらうのが、一つ目の目的です。」と言ってみんなを見た。「5回とか10回やれば、慣れてきて、絶対速くなる。50回くらいやれば、苦手な子でも3分くらい。普通の子は2分台、得意な子は1分台になる。」と言った。
「もう一つの目的は、いくら努力しても、速くならない時が来ます。グラフで言うと、右上がりではなく、ほぼ平らになります。このプレートを味わい、それでも努力を続け、突破し、またグラフを右上がりにさせてほしいのです。どんな物ごとでも、必ずプレートの時期はあります。100マス九々でプレートを突破する経験をもち、他のプレートにぶち当たった時、突破する気力を育んで欲しいのです。」と言った。プレートを突破した経験を意識していないから、そうなのかなあと言うように聞いていた。
「最後に、タイムは毎回上がるわけではない。とにかく続けることが伸びていく道。続けていけるように、自分を励ます方法を身に着けてほしい。その一つが、自分褒めです。決めた時間に練習したとか、毎日2回やったとか、一週間で10回やったとか、自分を元気づける術を身に付けて行ってほしい。」と言った。俺も、続けるのは難しいもんなあと思った。
その時、「もう一つの方法は、ライバルを決めることです。やめたくなったら、ライバルを思い出す。きっと、頑張ろうという気持ちが湧いてくるでしょう。」と言った。俺のライバルは、誰だろう?と思った。
「私からは、みんなのやる気を高めるように、100マス九九表を50枚やったら、賞状を出します。これに時間は関係ありません。答えを見てやっても唱えながらやれば構いません。とにかく頑張って50枚やった子に賞状を出します。100枚やれば2枚目を出します。以前、3年生が1日で50枚やってきた子がいます。毎日頑張り1年で2000枚の100マス九々をやり40枚の賞状をもらった子もいます。2年生は、50日で全員1枚は賞状をもらいました。みんなもできる。挑戦していこう。困ったら、相談して。工夫してやり遂げ、自信を育んで欲しい。」と語った。
その後、最初の100マス九々のタイムトライアルをやった。初めてなので、俺もみんなも、九々を唱えた時よりも時間がかかった。先生は6分までストップウォッチを止めなかった。俺は、3分45秒だった。6分まで時間があるから、裏の九九表で練習した。これも1枚になるということだった。二回目は速くできたように感じた。これなら、すぐ3分を切り、2分も切って①っ分台になるんじゃないかなあと思えた。
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