第12話 風船事件の犯人は…

「わたし犯人わかりました。」


 えぇ、わたし何言ってんの!!?自分の口から出た言葉に驚く。


「ああ?誰、言ってみろ。次透明な包丁とか言ったらただじゃすまねえからな。」

モモタギンタがしょんぼりとする。


 まずい。パニックになってぎゅっと目をつむることしかできない。どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・


「アオイ。大丈夫だ。」

 その声に顔を上げると、ダイチくんがこっちをみて微笑んでいる。それをみると心がすぅーと落ち着いていった。


 今度は優しく目をつむる。風船、切れたひも、散髪屋、八百屋、金物屋、駄菓子屋、祭り…いろんなものが頭をめぐり、ある時それが一つになった。


 なんだ。そんなことだったのか。


「ひもを切る時、みなさんは何を使いますか?」


「え、わたしははさみですかね。」一瞬の戸惑いを見せた散髪屋のおじさんに続けて他の3人も口を開く。

「わたしは、メロンのひもだったら包丁で切っちゃうときもあるけど。」

「俺は自分で作った特注のナイフだ。」

「俺は…まあはさみかな。」


「そうなんです。普通は刃物を使ってひもを切りますよね。そこが今回の事件の落とし穴だったんです。犯人は刃物じゃないものでひもを切ったんです。」


「刃物じゃないもの…?」ただ一人を除いて全員が首を傾げた。


「それは火です。」


 なりほど!と散髪屋のおじさんが手を打つ。「外国でははさみではなく、火で髪を切ることがあると聞いたことがあります!」


わたしは続ける。

「そうなんです。これをみてください。」わたしは手に握っていた風船のひもの切れ端を高く上げた。しろいひもの端がほんの少しだけ茶色く焦げているのが分かる。


「真夏の人混みの中、さらにいろんな屋台が出ているお祭りやスーパーのイベントでは、小さな火が頭より上でひもを焼いていたとしても暑さやにおいを感じないことが多いでしょう。犯人はそこを狙って、風船のひもを焼き切っていったんです。」


 そこまで言ってわたしは口を閉ざした。この続きは言いたくない。だってあの人は小さなころからとっても優しくしてくれたんだもん。あの人が犯人だってわたしが一番わかっているけど、それを信じたくない自分もいる。


 右手をぎゅっとなにかがつかむ。それはヨッシーの手だった。ヨッシーを見ると、うんと力強い目でわたしを見つめていた。わたしはその目に答えるようにそれにうなずき返し、口を開いた。


「ひもを焼き切ることができるような火が出る道具を持っている人がこの中にいますよね。」


 空はいつのまにかオレンジと紫が混ざり合っている。だめだ。上をみてもそれが少しずつにじんでいってしまう。わたしはもう一度だけ大きく息を吸い込んだ。


「駄菓子屋のおじさん、ライター持ってますよね。」

 おじさんの手の中にはタバコと一緒に銀色のライターが握られていた。


「・・・。」おじさんは黙りこくっている。


 小学2年生の頃、お手伝いをして貯めた100円玉を握りしめておじさんの駄菓子屋へ行った。お母さんの誕生日プレゼントを買おうと思ったのだ。けれども、あまりにぎゅっと握りしめていたため汗で100円玉がすべってしまい、店の前の用水路に落ちてしまった。用水路に手を突っ込んで探したが、どうしてもみつからない。座りこんで泣いているわたしを見つけたおじさんは、お代はいらないよ、と笑ってお母さんが大好きなお菓子を1つくれた。


「…おじさん!」


 わたしが呼びかけたそのとき、おじさんは後ろを向いてかけ出した。


「まずい!逃がすな!!」ダイチくんが慌てて追いかける。


それをモモタとギンタが追い越したと思うと、あっという間におじさんに追いつき、そして2人でおじさんの前に立ち、とおせんぼをする。


 すると行き場をなくしたおじさんが、じゃまだ!と言いモモタに拳を振り上げた。


「危ない!」


 その瞬間、わたしは何が起こったのかわからなかった。モモタとギンタが飛んだように見えたのだ。


 おじさんはその場にぐたっと倒れ、立ち上がる力もないようだった。


「大丈夫、急所をついただけだから。」「僕がついたんだ。」「僕だ!」「いや、僕だ!」


「あいつらは2歳からさまざまな格闘技やスポーツをやっていて、並外れた身体能力を持ってるんだ。しかもそれが2人ときたら大の大人でも勝てるやつはいないよ。」ダイチくんがそういいながらおじさんに近づく。


 おじさんは「子どもたちの悲しむ顔が見たかったんだ・・・。」とつぶやいて、ふっと力が抜けたように目を閉じた。


 その顔はなんだかほっとしたような表情で、いつもの優しいおじさんのままだった。おじさんの手足をダイチくんがしばると、どこからかサイレンの音が聞こえててきた。


「こっからはボスの仕事だ。俺たちは行くぞ。」ダイチくんはそう言うと、ぽかんとしている商店街の3人に「事件解決へのご協力ありがとうございました。」とペコリと頭を下げた。


「あんたたちは何者だ?」そういうおじいちゃんに、

「僕たちはただの塾の『居残り』です。」といたずらっこのように笑い、3人を後にした。



 神社の表に回ると、赤い提灯が一層明るくなっていてもう日が沈んでいたことにやっと気づいた。


「みんなおつかれ―!みんな大活躍やったな!今日はダイチ様のおごりやで!たくさん食べや!」


「おい!何言ってるんだ!…まあ、お腹を壊さないようにほどほどにしろよ!」


「「「「「いぇーい!」」」」」その声と同時に打ちあがった花火のように、わたしの胸にはふくふくとしたものが広がっていった。

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