風船事件

第6話 風船事件?

 双葉は塾への道を歩きながら昨日のことを思い出していた。


 「街の安全を守る、かぁ…」


 1日経った今でもあまりどういうことかよくわからない。それに街を守る人は警察官や消防士さんとか、先生とか強い大人はいっぱいいる。子どもの中でも勉強できないわたしなんかよりふさわしい子はたくさんいるだろうし、正直わたしじゃなくてそういう人たちが街を守った方がいいんじゃないかと考えている。


 第一わたしは遊びたいのだ。塾だけでもかなりの時間を奪われているのにこれ以上遊ぶ時間を奪われたくない。


 よし、今日ダイチくんに断ろう。


 意を決して塾の扉を開ける。

「こんにちは!あの、ダイチくん、わたしやっぱり…」

「フタバさん、こんにちは。よく来てくれたね。暑かったかな。大丈夫かい?」

 塾モードのダイチくんが優しい笑顔で近づいてくる。…近づいてくる。ち、近い。きれいな顔がすぐそこまで近づいてきて、ドキドキしている私の耳元でこう言った。


「約束忘れたんじゃないだろうな?MAMのことは世間に知られてはいけない。もちろんのこと、塾の時間にそのことを話すのも禁止だ。絶対だ!」


 俺様モードのダイチくんだ…。っていうかこっちが素のようだなこりゃ。わたしは怯えつつ、うんうんとうなずくと、ダイチくんはいつもの笑顔でこう言った。

「じゃあ、勉強がんばろうねえ。そうだ、フタバちゃん、今日も『居残り』よろしくね!」


 しょうがない、『居残り』の時に言うしかない。あきらめてわたしは机に座り、

夏休みの宿題を勧めたのだった。



 16時のチャイムが鳴る。結局今日も残っているのは昨日の6人だ。


 ダイチくんとアオイさんが戸締りをした後、みんなで円になって座る。

 今しかない!と口を開こうとしたとき、

「任務だ!」

 ダイチくんの声が響いた。


 任務?辞めると言い出すことよりもその内容が知りたいという好奇心の方が勝ってしまい、わたしは開きかけた口を閉じた。


「最近、この街で風船事件が起こっているらしい。」


「風船?」アオイさんが身を乗り出す。


「ああ、風船は風船でも、ひもがついていてふわふわ浮かぶものがあるだろう?よくスーパーや祭りで子どもたちに配られているんだが、それがいつの間にか飛んで行ってしまうらしいんだ。」


「それって」「手を放しちゃっただけじゃないの?」「おい、僕が先に思いついたんだぞ」「いや、僕が先に言ったんだ」モモタとギンタが取っ組み合う。


 たしかに、わたしもせっかくもらった風船を手から放してしまい、風船が空に飛んでいってしまったことは何度もある。


「いや違うんだ。風船を持っていた子たちはみんなちゃんとひもを持っていたんだ。だが、気が付くと風船は飛んで行っていて、握っていた10センチほどのひもの端っこだけが手の中にあるんだそうだ。」


「ひどい・・・。」ヨッシーの眉毛がぐにゃりと下がる。


「ボスによると、先々週くらいから街の各地で通報があるんだが、さすがに風船が飛んで行っただけでは警察も動けず困っているそうだ。そこでだ…」


「なるほど、明日の祭りで調査しようってか?」


え、明日のお祭りっていうと…ヨッシーと顔を見合わせる。


「察しがいいな、アオイ。明日、烏森神社で行われる祭りで風船が配られるそうだ。きっと犯人はそこにも来る。だから、俺たちで祭りに潜入して調査しようと思う。みんな一緒にやってくれるか?」


 明日のお祭りはヨッシーと一緒に行く約束をしているし、楽しみにしていた…けど、風船がなくなるなんてつらいだろうな。犯人を許せない。ヨッシーを見ると、わたしに向かって大丈夫と言うかのようにほほ笑んだ。


 よし、今回だけ…。この事件が終わったらちゃんと断ろう。


 全員が同時に力強くうなずいた。


 双葉の頭には、ある夏の風船の思い出が浮かんでいた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る