冒険者になりたいの


 そして、問題の婚約破棄宣言から1ヶ月が経とうとしていた。

 幸いにもパーティの翌日は休日だったので、気まずいまま学園に行かずに済んだのだが、ルーナから事の端末を聞いた両親の怒りようがひどかったらしい。


 お父様は、使用人の制止を振り切って私の部屋に突撃してきたかと思えば「しばらく学園には行かなくてよろしい。お前には家庭教師をつける」とそれだけ言って出ていった。

 まるで嵐――と去っていく背中を見ながら思ったものだ。

 いつもはしゃんと伸びた背中を丸めて肩を揺らしながら歩く姿に、ルーナの言葉を思い出していた。その後ろからお母様がはらはらと涙を流しながら部屋へ入ってきて……。


 両親は昔から少し過保護気味だった。

 幼い頃の私が病弱だったから――というのが一番の理由だろう。

 雨に降られれば風邪をひき拗らせて喘息になり、少しでも無理をすれば咳がとまらずすぐに倒れてしまうような、絵に描いたような病弱な女の子。一日の大半はベッドの上で過ごしていた。

 それも昔の話で、今では嘘みたいに健康になったのだが、両親はまだ気が気ではないらしい。

 私が咳をしようものなら仕事を放り投げて医者と飛んでくる。

 大事にされていて嬉しいのだけれど、たまに窮屈に感じてしまう。


 それから、お父様の言いつけ通り、私には家庭教師がついた。

 年上の……レンガ色の髪を高い位置で束ねたキリッとした眉のしっかりした女性。スラッと伸びた背は女性にしては高く、それが彼女の格好の良さをより引き立てている。

 先生は勉強だけでなく剣術も素晴らしいと父が自慢げに語っていた。

 先生が言うには、昔、冒険者ギルドに登録していたことがあるのだとか――私はそれを聞いて胸が躍った。


「そうして地の精霊は……ああ、もうこんな時間ですか。今日はここまでにしましょう」

「はい。――先生。聞きたいことがあるんですがお時間は大丈夫でしょうか」


 分厚い本を閉じて先生は手持ちの鞄にしまう。

 私も勉強道具を片付けながら先生へ向き直った。先生は表情を崩して頷く。


「ベル様から質問なんて珍しいですね」

「先生って冒険者ギルドにいたのですよね」

「ええ、そうですが――誰からそれを?」

「父が仰っていて…知られたくないことでしたらすみません」

「ああ、いえとんでもない!まさか、ベル様からそのようなことを聞かれるとは思っていなかったもので、驚いてしまいました」


 口に手を添えてくすくす笑う先生は可愛らしい。

 外見の美醜ではなくて仕草がとても女性らしい。

 見た目の格好良さと仕草の女性らしさがちょうど良い均衡で、それでいて頭も良く剣術もお強いと――先生はすぐに私の憧れになった。


「冒険者ギルドに登録するにはなにか資格がいるのかしら?」

「いいえ。登録自体は簡単なものですから、誰でも冒険者になることができます。ですが、一定期間依頼をこなさないと冒険者としての資格は剥奪されてしまいます」

「剥奪……」

「はい。というのも、無限に増えてしまう冒険者を管理するためだと言われています」


 冒険者はある種一番簡単なお仕事ですので――と続ける。なるほど、登録だけして何もしない、というのを防ぐためなのね。

 確か、冒険者ギルドにはランク制度もあると聞いたことがある。それもそういう理由からだろうか。


「ベル様は冒険者ギルドにご興味があるのですか?」


 先生の言葉に胸がどきりと鳴る。

 そう。

 私は先生の言う通り、冒険者ギルドに興味がある。それも、受付とかそういうのではなく、冒険者の方に――だってカッコイイじゃない。背中を合わせて戦って、依頼をこなしてお金を稼いで……。病弱だった頃の反動なのかもしれない。そういう、泥臭いものにとても憧れていた。


 女性は淑やかであるべき――周囲の考えと婚約者の存在から、私には程遠い存在だと理解していた。

 だけど、今ならどうだろう?

 (最悪なやり方ではあったけど)婚約者はいなくなった。学園にも休学を申請している。そしてなにより身近に冒険者だった人がいる。

 こんな良い機会、またとないだろう。


「私、冒険者になりたいんですの。……おかしいかしら」

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婚約破棄されたので冒険者ギルドでパーティ組みます もずく @ayy0i14

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