気持ちの整理
迎えも頼まず目を腫らして帰ってきた私を見た使用人の慌てようは凄いものだった。
「あら、お嬢様、ずいぶんお早いお帰りで――」
出迎えてくれたのはメイドのルーナで、私の姿を見るやいなや、持っていた箒を落として目を真ん丸くして口を抑える。
それから、努めて平成を装って「とりあえずお部屋に戻りましょう」と両親に会わないよう部屋へ案内してくれた。
ルーナの気遣いがとても嬉しい。今の状態で今日の事をちゃんと説明できる気がしなかったから――。
「奥様たちには体調を崩されたとお伝えしておきますね」
肩にかけていたショールを渡すとルーナはそう言って部屋を出ていった。
私はドレスを着替えながらさっきのことを思い出す。
アルトゥールの突然の宣言に、私がカレンさんを虐めているという言いがかり。
確かに、平民上がりというのもあって良く思わない生徒もいるのは事実だ。けれど、特待クラスの彼女と普通クラス(学園でのクラス分けは魔力量を主にしている)の私には全くと言っていいほど関わりはない。
それは、同じ特待クラスであるアルトゥール本人もわかっているはずなのに……。
「お嬢様、失礼します」
ドアがノックされてルーナが入ってくる。
ティートローリーには白地に青い花の描かれたティーセットが乗っていた。ふんわりと紅茶の良い香りが鼻腔をくすぐる。
ベッドに腰掛ける私の横で、慣れた手つきで紅茶の用意をする。砂糖は二個、ミルクはたっぷり……私の好みだ。「――お隣、失礼してもよろしいでしょうか」私が頷くとルーナはそっと隣に座る。
ルーナは優しい。私が幼い頃から、落ち込んでいるとこうしてそばに居てくれる。
「何があったかお聞きしても?」
「……アルトゥールに、婚約破棄されたわ。それは別にいいのよ。政略的なものでも強制的なものでもなかったじゃない、私たちの婚約って」
「旦那様とアドリオン公爵様の口約束のようなもの……と仰っていましたね」
「でもね、あんな、パーティの最中みんなの前でいきなり……とんだ晒し者よ。明日からどう学園で過ごせばいいっていうの。しかもその理由が私がカレンさんを虐めているからとかいう根も葉もない言いがかりで」
話し出すと困惑より怒りが湧き上がってくる。
そう、そうよ。
例え勘違いとはいえ、カレンさんに私が何かをしてしまってそれを虐めだと仰るなら、普通ならまずは私に確認を取るべきではないの?
カレンさんもそうよ。
相談するなら先生とか、仮にも人の婚約者にすることではないでしょう。
ああ、イライラする。
勢いのまま紅茶を一気に流し込む。牛乳をたっぷり注いだまろやかな味が口の中に広がる。
茶請けのクッキーも全部食べてやる!
カボチャの種を砕いて混ぜ込まれた生地が香ばしい。
「アルトゥール様がそのようなことを……」
「ええ、そうなの!いきなりよ、私の話なんて一切聞いてくれなくて、私なんか眼中に無いって感じで」
ルーナの同情的な視線が刺さる。
私は足をばたつかせながら思うままに愚痴をこぼす。そうしているうちに気持ちの整理ができたのか、だんだんと落ち着いてきた。
よく考えれば、私はアルトゥールに好意こそあれど、恋愛感情はなかった。
家族付き合いがあったから一緒にいただけで、望んで婚約者になったのではない。最悪なやり方だけれど良い機会だ。
学園だって、あんな根も葉もない言いがかりを信じる人とは関わりたくないし、幸いアルトゥールもカレンもクラスは別だから、基本的に会わずに済むし堂々としていればいいだろう。
「……ごめんねルーナ」
「お嬢様が謝る必要などひとつもありません」
「ううん、いつもこうして話を聞いてくれて……助かっているわ」
「こんなことで力になれるのであればいくらでも頼ってくださいませ」
本当、素敵なメイドがいて私恵まれているわ。
「ありがとう。もう寝るわ。お父様とお母様に今日のこと、伝えてもらってもいい?……多分、泣いちゃうから」
私の言葉に彼女は優しく微笑んだ。
ルーナは頭を下げて部屋を出ていく。私はそのまま後ろに倒れ込んでまぶたを閉じた。
なんだかどうでもよくなってしまった。
婚約者も、貴族も、学園も。
もう、どうにでもなれよ……。
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