流星のエレ

王生らてぃ

第1話

 海鳥の鳴き声。



 潮騒と風に揺さぶられて錆びついた鉄が軋む音。



 突き抜けるような青空から降り注ぐ太陽の光。



 クィはほとんど虚無に近い、漆黒の薄い膜のような眠りから目を覚ました。夢を見ることもない、幻痛すら既に感じられない、流星の様に過ぎ去っていく睡眠。だが、その睡眠の間に見るのは、流星ほど美しくも、幻想的でもなかった。



 軋む関節、固く冷え切った指先の関節――定期的に脈動するだけの心臓と、電気的なノイズを鳴らすだけの肺。最後に夢を見たのはいつだっただろうか、それとも、自分は夢を見たことがないのだろうか――もう、それすら思い出せない。



 クィの世界は色を失っている。

 世界を認識するためのクオリアが錆びついて、色褪せて、十全に機能していない。世界が容赦なく突き付けてくる、美しく、完璧な情報の数々。風、波、光、音、振動。まるで継ぎ目も歪みも、不純物も全く含まれていないガラス球のような――それを受け取る容器が細く傷だらけだから、触れただけで世界まで汚れてしまう。しかし、クィの存在など、巨大なガラス球にとっては瑕にもならない。その残酷さにも飽きるほど疲れ果てた。



 ぐずぐずに崩れ、どこからか根付いた植物の蔓の絡みついた天井には、配線が剥き出しになった照明機材の骸が吊り下げられている。割れた窓ガラスと錆びた窓枠から吹き込んでくる潮風に晒されてパンの様に固くなったソファから身体を起こすと、なにか鋭い光が目を焼いた。



 クィの傍ら、クロームがかった蒼銀の飛行翼ブレードが傍らに鎮座している。ボディの細かな傷や、塗装の剥げが、プリズムの様に朝日を色いろに輝かせる。クィはこの質感を心底から美しいと感じた。静寂ではなく、文明の沈黙が支配するこの星の中で、飛行翼ブレードだけは美しい色彩を放っていた。蝶の鱗粉、蜻蛉の翅、孔雀の色鮮やかな翼、そういった有機的な美しさを軽々と凌駕する。一晩じゅう風にさらされて、すっかり冷たくなった自分の手で翼を撫でると、クィは立ち上がって、他に何もない水平線を眺めた。






 この巨大な海上施設はおそらく、海底から化石燃料を採掘するプラットフォームのような場所だったのだろうとクィは推測した。地上高くに聳えるトラス構造のタワークレーンと管制塔、航空機の離発着用のヘリポートと短い滑走路、そして海中に沈められた潜水艦ドックと作業員が滞在するための居住区。まるで巨大な空母だとクィは思った。



 かつてはこのプラットフォームに、人間と、そうではない機械たちが何十とひしめき合い、採掘作業に従事していたのだろう。毎日のように陸からやってくるヘリや連絡船から、盛んに人や物資が乗り降りし、夜な夜な寂しい海には宴会の光が浮かぶ。それらは、今は見るかげもない。



 管制塔は半ばからひしゃげ折れ、赤と白のツートーンは錆の色に覆われている。甲板は風化しきって罅割れ、その間から雑草や、小さな花のようなものがたくましく生い茂っていた。海上の施設はまだましな方だ、その原型をとどめていて、むしろ、こうして遺構としての威厳めいたものすら漂わせているのだから。海中に設えられた施設はほとんどが水没していて、中を確かめようにも、崩れてきた鉄骨やコンクリート、何らかの機材だったものが、ピースをばらばらにぶちまけたジグソーパズルのように乱雑に積み重なったようになっていて、奥へ入っていくことは不可能に近かった。



 生き残っていたわずかな機材たち、その内に発電機が残っていたことはほとんど奇跡に近かった。管制塔の足元、クィが寝床に選んだ場所から、かろうじて生き残っていたシステムの内部に侵入し、中途で停止していた発電システムを復旧させることができた。飛行翼ブレードに内蔵された半永久バッテリーへの充電はおおよそ七〇%、完了している。

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