第192話

かの世界この世界


『的にも運にも』語り手:テル   







 与一に会ってみたい!




 ツボにはまったヒルデが虫を起こす。


「時間は大丈夫でしょうか?」


 あるじの我がままに、タングニョーストが気を遣う。


「大丈夫ですよ(⌒∇⌒)」


 イザナギは穏やかに応える。


 一刻も早く黄泉の国に向かって、イザナミを取り返したいはずなのに。


 日本人というのは、もう、神代の昔から、こうなんだ。


「では、さっそく!」


「わたしから連絡しましょうか?」


 ペギーがスマホをヒラヒラさせる。


「スマホ、使えるの?」


「アハハ、業務用ですから」


 どうやら、源氏の陣地にスタッフを派遣しているようで、すぐに話がついた。





「こんなに端っこなのか?」





 与一の陣屋は、源氏の本陣の端っこの端っこ。学校で言えば、校舎裏の学級菜園でもありそうなところだ。


「わざわざ来てくださってありがとうございます。幔幕だけの狭い陣屋ですが、どうぞ奥に……」


 ツギハギだらけの幔幕は、わたしが見てもみすぼらしいんだけど、ヒルデは感心している。


「うん、パッチワークのようで、なんだかオシャレだ!」


 シャイな与一はお茶の用意をしながら微笑むばかりだ。


 なんだか、潰れる寸前の喫茶店の気弱なマスターという感じで、とても華々しく扇の的を射落とした英雄には見えない。


「あれは、狙ってやったことなのか?」


 ヒルデがドストレートな質問をする。


「狙わなきゃ当たらないよ」


 なにをバカな質問という感じで、ケイトが茶々を入れる。


「ハハ、ほぐしてくれてありがとう。慣れないことをやって、ちょっと緊張していましたから」


 アハハハ


 与一の正直で穏やかな態度に、微笑みが湧いてくる。


「地元での呼ばれ方は『与太郎なのです』」


「与太郎?」


 日本語の機微が分からないヒルデは、自然な疑問を呈する。


「ゲゲゲの与太郎!」


 ケイトのスカタンが続く。


「日本では、長男を『太郎』と呼びます」


「そうね、次男は『二郎』で三男は『三郎』という感じね」


 わたしが続ける。


「そうか、義経の九郎義経っていうのは九男という意味になるんだ」


「まあ、そんな感じですね」


「与一の与は?」


「はい、十番目以下という意味です。十一郎というのは語呂が悪いですから」


「上に、十人も兄が居るのか?」


「はい、家を絶やさないために、どこの武士も大勢子供を作ります。でも、普通は五六人。八人も居れば多い方で、十人以上というのは珍しいですね」


「与というのは『余りもの』という響きがありますね」


「はい、だから、普通は与太郎という呼び方が多いようです」


「与一と与太郎、どう違う?」


「それは……」


 答えにくそうに俯くので、わたしが後を続ける。


「与太郎と云うのは落語なんかに出てくる、憎めないが、どこか抜けている三枚目に付ける名前だよ」


「お恥ずかしい(^_^;)、まあ、それで戦に出る時などは『与一』と、ちょっとオシャレな名乗りにしております」


「そうか……しかし、あれは見事だった。単に命中させたというだけではなくて、殺伐とした戦場を戦士の美学で飾った。奇襲に負けた平家にも一掬の華が残った。ブァルキリアの戦士としても、教えられるところが多かったよ」


「は、恐縮です」


「どのくらいの自信があったのですか?」


 タングニョーストが身を乗り出した。


「半々というところです。元来が与太郎ですから、外したら笑われておしまいです。もう、これ以上落ちることもありますまいから」


 なんか、自虐的だ。


「わたしは十一男ですし、母は、兄たちの母と違って低い身分の出なので、父の遺産の相続は見込めません。行く末は、兄たちの郎党になって戦働きをするするか、百姓をするしかありませんが、母が病弱なもので……」


「そうか、名を上げて収入を増やすしかないのだな」


「はい、実は、今度の事で兄たちとは別に領地がいただけそうで、ちょっと嬉しんです」


「そうか、それは何よりだったな」


「与一どの、あなたの弓を見せていただけませんか」


 タングニョーストが戦士らしい申し出をする。


「あ、はい。遠目には綺麗な弓に見えていますが……」


 与一が差し出した弓は、あちこち塗が剝げているが、手入れはきちんとされていて好感が持てるものだ。


「これは……なかなかの強弓ですね」


「はい、五人張りです」


「五人張り?」


 ケイトがスカタンな質問。


「弦を張るのに五人の力が要るという意味です」


「す、すごいんだ!」


「強い弓でないと、的にも運にも届きませんから」


「的にも運にもな……」


 ヒルデが、しみじみと嚙み締めた。





☆ 主な登場人物


―― この世界 ――


 寺井光子  二年生   この長い物語の主人公

 二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い

  中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長

  志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 


―― かの世界 ――


  テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫

 ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる

 ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士

 タングリス       トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係

 タングニョースト    トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属 

 ロキ          ヴァイゼンハオスの孤児

 ポチ          ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態

 ペギー         荒れ地の万屋

 イザナギ        始まりの男神

 イザナミ        始まりの女神 

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