第138話『動いていたものは動かせない』
かの世界この世界:138
『動いていたものは動かせない』ブリュンヒルデ
わたし(車長)とケイト(装填手)の間にシートを付けた。
シートと言ってもパイプ椅子の上半分をくっ付けたもので、横のハッチから出入りするときは折りたたむ。
まあ、小柄なわたしとケイトの間なので、なんとか収まる。
「お客さんで乗っているのも申し訳ないですから、仕事を教えください」
ユーリアの申し出ももっともなので、取りあえずはケイトと交代で装填手をやってもらうことにした。
そして、日中はともかく、寝る時は窮屈すぎるので納屋の中からテントを出してゲペックカステン(砲塔後部の物入れ)に括り付けた。
二時間ほどで準備を整えると出発だ。
ユーリアは眠ったように時間の止まっている母のアグネスと兄のヤコブに別れを告げた。
「じゃ、行くよ、ユーリア」
「…………はい」
ふっきるようにユーリアが乗り込むと、四号は、取りあえずの目的地であるヘルム港を目指した。
乗って来たシュネーヴィットヘンはドックに入ったままだ。たとえ動いたとしても、この人数では一万トンを超える輸送船を動かすことは出来ない。なんとか四号を載せられて、外洋を航行できる船を見つけなくてはならない。むろん、四号の乗員だけで操縦できる小型の輸送船、あるいはフェリーボートだ。
「ヘルムには大小六つの小島があって連絡船が通っています。運が良ければ、出港前の船を掴まえられると思います」
港に舫っている連絡船が居ることを願うばかりだ。
「あそこに居ます!」
ゲートを潜って岸壁沿いに走り出したところでユーリアが指差した。一つ向こうの桟橋に二百トンあまりの連絡船が見えたのだ。舳先がはね橋式になっていて車が乗せられるタイプだ。
「……だめだ」
連絡船は出港ししたばかりで、舳先のゲートは閉じられ、二メートルほど海に乗り出している。
「俺が飛び乗って停めてやる!」
「よせ!」
ロキが飛び出し、砲塔の上からジャンプした。
「うわ!」
勢いよく飛び移ったところまでは良かったが、舳先の上でバランスを崩して海に落ちてしまった。
ポヨヨーン
なんと、連絡船の周囲の海面はゼリー状に固まっている。ロキは、そのまま歩いて岸壁に上がってきた。
「動いているうちに時間が止まったものは固まってしまうんだろう、周囲の海面も影響を受けて固まっているんだ」
そう言うと、タングリスは石ころを海に投げた。
船の周囲は、ちょっと弾んで、石は海面に乗ってしまう。数メートル離れた所では、普通に石は沈んでいくのだ。
「時間が止まった時に動いていたものは動かせないんだ」
「しかし、停まっている連絡船はあるのか?」
「……そうだ、ドックに行けば!」
「シュネーヴィットヘンは動かせないよ」
「違うんです、小型船舶用のドック。きのう皆さんを出迎えた時にメンテナンスの終わった船があったんです!」
「行ってみよう!」
港の外れのドックに向かうと、乾ドックにメンテナンスを終えたばかりの連絡船マーメイドが鎮座していた。
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