第137話『時の女神ヴェルサンディ』


かの世界この世界:137


『時の女神ヴェルサンディ』語り手:ブリュンヒルデ    






 右も左も 上も下も 遠いも近いも 重いも軽いも 前も後も 表も裏も 明るいも暗いも 太いも細いも 短いも長いも



 全ての標(しるべ)がグチャグチャになった。


 全てのものが存在して目には見えるが秩序が無くなり、本来あるべき状態では認識できなくなってきている。


 目をつぶるしかなかった。


 目を開けていては、三半規管どころか全ての感覚がおかしくなって気が狂ってしまう。


 気が狂ったブリュンヒルデなんて、ムヘンの流刑地に生息していたヒルのようなもんだ。ヌメヌメとナメクジのようにイヤらしく、ポタリと落ちて来ては人や動物の血を吸っうしか能がない軟体動物。ト-ル元帥に、その名を教えられた時は――我が名からブリュンとデを取ればヒルになる――そんな自嘲的なギャグを思いついた時よりも鬱になる。


 しっかりしろ!


 何度か自分を叱り飛ばすと、それが功を奏したのか、ゆっくりと感覚が戻ってきた。



 右と左 上と下 遠近 軽重 前後 表裏 明暗 太細 長短 そして、さっきは意識さえしていなかった自他の区別がついてきた。


「姫、大丈夫ですか!?」


 真っ先にタングリスが飛んできた。


「ああ、他の者は?」


 見回すと、テルもケイトを抱き起し、ロキは自分の背中に乗っているのにも気づかず、キョロキョロとポチを探している。ポチは、まだ少しボケているようで、自分が乗っているのがロキの背中だとは気づかずにキョロキョロ、まあ、いつもの光景だ。


「どうも、動けるのはわたしたちだけのようです。ヘルムの住人は、まだフリーズしたままです」


「ポチ、ちょっと空を飛んで様子を見ろ」


「ラジャー!」


 飛び上がると、自分が乗っていたのがロキの背中であったことに気づいて「ロキ!」「ポチ!」と、二人でハグ。命じたことは瞬間で忘れている。まあ、ざっと見て四号の乗員以外は、ピクリともしない。呼吸している気配さえないが死んでいるのではない、わたしの直感が、そう言っている。直観? なぜだ、なぜ自分の直観を信じるんだ?


 考え続けられるほどには回復してはいない。


「姫、ユーリアが……」


 テーブルの横で伏せていたユーリアがゆっくりと身を起こした。身を起こすと、立った姿勢のまま薄っすらと光って地上一メートルほどの空中に浮きあがった。


「……わたしは、時を司るノルン三姉妹の次女ヴェルサンディです。ヘルムのヤマタから託されて時間を回復しました」


「ヴェルサンディ……ユーリアは時の女神がったのか?」


「いえ、ユーリアの体を借りているだけです。自分の姿を現すほどの力がありません……そう長く、こうもしていられません。要点だけになりますが聞いてください」


 穏やかな中にも凛とした響きがあるので、我々は居住まいを正した。


「時の女神は三人です。姉のウルズは過去の時間を司ります。わたしは現在の時を、妹のスクルドは未来の時間を司ります。姉と妹は眠っているので、回復できるのは、今の、この瞬間だけなのです」


「それで、他の人たちは……」


「過去も未来も止まったままなので、動くことはありません。姉と妹が眠っているのは世界樹の力が弱っているからです。ヤマタも力を失ったいま、完全な時の摂理を回復することはできません。そこで、あなたがたにお願いがあるのです。世界樹の勢いを取り戻すために、この閉じられた時間の中に湧きだすクリーチャーどもを退治してください。退治しつつ世界樹をを目指してください。それと……わたしが借りてしまったために、わたしが去ってもユーリアはあなたたち同様です」


「同様とは?」


「ユーリアは、この停止した現在に覚醒しています。ひとり、このヘルムに置いておくのは不憫です。姉と妹が目覚め、過去と未来が回復するまで行動を共にしてやってください、それから……ああ、もう戻らなければなりません……ユーリアを……世界樹をよろしく……」


 フッと力が抜けるようにヴェルサンディが消えると、地上一メートルのところから、ユーリアの体はドサリと落ちてしまった。


「あいた!」


 お尻から落ちたユーリアは、痛さのあまり口がきけない。


「大丈夫か!?」


 一番近くのロキが声をかけて、テルとケイトが介抱する。


 その間、わたしとタングリスは考えた。定員いっぱいに乗っている四号に、どうやってユーリアを乗せたらいいのかと……。




 

☆ ステータス


 HP:20000 MP:300 属性:テル=剣士 ケイト=弓兵・ヒーラー


 持ち物:ポーション・300 マップ:12 金の針:60 福袋 所持金:450000ギル(リポ払い残高0ギル)


 装備:剣士の装備レベル55(トールソード) 弓兵の装備レベル55(トールボウ)


 技: ブリュンヒルデ(ツイントルネード) ケイト(カイナティックアロー) テル(マジックサイト)


 白魔法: ケイト(ケアルラ) 空蝉の術 


 オーバードライブ: ブロンズスプラッシュ(テル) ブロンズヒール(ケイト)  思念爆弾


☆ 主な登場人物


―― かの世界 ――


 テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫


 ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる


 ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士


 タングリス       トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係


 タングニョースト    トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属 


 ロキ          ヴァイゼンハオスの孤児


 ポチ          ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態


―― この世界 ――


 二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば光子の命が無い


 中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長


 志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 


 


 

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